ROT





「その話、本当ですか?」





薄暗い部屋の中に、柳生の声が響く。

彼の前には、月明かりを背に自分のデスクに座る幸村の姿があった。





「本当だよ。 さっき、長から依頼がきたんだ。 助けてくれってね。

どうやら、かなり切羽詰っているらしい。 明日の朝、すぐにでも向かってくれ。」





「分かりました。 それで、今回はどなたとですか?」





「柳だよ。 無理言って頼んだ。 今回は、彼の力がきっと必要になるから。

 あと、もう1人手伝いを頼もうと思っている。 柳生はたぶん知らない人だけど、信用できるから。 向こうで合流してくれ。」





「分かりました。 では、私はこれで。」





そう言って、柳生は部屋を出て行った。 暗い部屋の中、幸村は呟く。





「・・・今はまだ、俺が表立って動くわけにはいかない。 『あのこと』がはっきりと分かるまでは。

 今回のはおかしな点が多すぎる。 無事に戻ってきてくれるといいけど・・・。」





そう言う彼の顔には、不安と焦りの色がわずかだが浮かんでいた・・・。



                                         ☆



「詳しく話してくれないか?」





柳が柳生にそう尋ねる。 2人は今、サンレットに向かっている所だった。





「ええ。 今回の事の発端は、とある船の沈没事故です。 数日前に起こった嵐の時、1艘の船が沈みました。

 その船の積荷は大量の石油。 それは、船の沈没により、全て流出しました。

 そして、潮の流れの手伝い、その全てはサンレットに流れついたんです。 大量の魚達を殺しながら。

 石油によって環境は急激に悪化しました。 そして、これに合わせるように再び海の妖達が暴れだしたんです。

 それにより不二君は無理に歌い続け・・・。」





「声を失ってしまたというわけか・・・。」





柳のその言葉に、柳生は頷いた。





「そうです。 ですから長は再び依頼してきたんです。 不二君の声が再び戻るようにし、妖をなんとかしてくれと。

 ・・・どう思いますか?」





「そうだな。 とりあえず妖が暴れだしたのは、海の汚染に怒ったからだろう。 それは当然だと思うな。

 で、不二の声だがこれはなんとも言えないな。 とりあえず原因を取り除けばいいと思うが・・・。

 セイレーンはかなりデリケートな一族だからな。 それだけでは無理かもしれない。」





「その可能性は十分にありますね。 とりあえず急ぎます。 手遅れにならないうちに。」





「ああ。」





柳生はそう言うと、翼をさらに力強く羽ばたかせた。



                                             ☆



「お前がここに来るなんて珍しいな。」





青い光に満ちた部屋の中にそう、声が響いた。 すると、今度は別の声が。





「まあね。 で、今日は頼みごとをしに来たんだ。」





「それは『あれ』のことだろう?」





「ああ。 頼めるか?」





「引き受けよう。 これだけ巨大な汚染だと、俺でなければ早期浄化は不可能だ。

 今やっている野暮用が住み次第、すぐに向かうとするよ。 ・・・ところで、そっちの調査は進んでいるか?」





「いや。 まだあまり進んでいない。 あまりに危険だから、彼だけに依頼したんだ。

 俺も裏で動いているけど、情報はまだない。」





「そうか・・・。 すまないな。 俺がここから動けないために、お前達にばかり苦労をかけて。

 ・・・あいつが今いたら、心強かっただろうな。」





溜め息が聞こえた。





「ああ。だけど、それはどうしようもないからね。 ・・・直接手を下した俺がいえた義理じゃないけど。

 ・・・さて、俺はそろそろ戻るよ。 よろしくね。」





「ああ、まかせておけ。」





部屋の中から1つの気配が消えた・・・。



                                           ☆



「ここが花の檻か。」





そう言って柳は、目の前にあるものを見つめる。 そこは、以前と同じ姿のまま、そこに聳え立っていた。

その呟きに、柳生はええと答える。 と、その時。 ふいに冷たい風が吹き、はじめが現れた。





「お久しぶりです、柳生君。 やはり来てくれたんですね。 ・・・そちらの方は?」





はじめの問いに、柳は先に口を開いた。





「柳生と同じノクターンの柳蓮二だ。 よろしく頼む。」





柳の言葉に、観月はじめです。と、彼も返した。 そして、すぐに2人について来てくれと言った。

はじめのあとを、2人はついて行く。 中に入ると、彼は奥に進み、突き当たりまで進んだ。





「この先ですか?」





「ええ。 この奥に不二君はいます。 声を失ったセイレーンは、翼をなくした鳥と同じ。

 ですから、この扉に封印をかけ、僕以外は開けれないようにしたんです。」





そう言いながら、はじめは扉に右手を当てる。 そして、何かを呟いたかと思うと、壁となっていた花達が動き道を開けた。

奥に広がっていたのは、清浄で美しい空間だった。 辺りには色とりどりの花が咲き乱れ、入ってくる光はそれらを優しく包み込んでいた。

そして、同じ光に包まれて、不二が微笑んでいた。 だが、その顔はどこか哀しみに満ちていた。

そんな彼の傍に、もう1人別の人物が座っていた。 彼は、不二とよく似た、整った顔をしていた。

しかし、短く切られた髪や鋭い瞳が、また違った雰囲気をかもし出していた。





「祐太君、この方がノクターンからいらしてくださった人達です。」





「観月、この人は?」





はじめの言った言葉に対し、柳が疑問を口にする。

それに彼が答えようとするが、祐太と呼ばれた人物がそれを遮って言った。





「はじめまして。 俺の名前は不二祐太。 ここにいる不二周助の弟です。」





祐太のその言葉に、柳達は頷く。 そして、自分達も自己紹介をし、話を進めた。





「なるほど、そういうことですか。 それならあなたが不二君に似ていると思ったわけが説明できますね。

 と、いうことは、あなたもセイレーンですか?」





「はい、そうです。 だけど、俺は兄貴ほど上手く歌は歌えません。

 でもその代わりに多少の戦闘能力があるんで、今まではずっと郷の守りの役割についていました。」





「そうだったんですか。 ・・・それで、今ここにいう理由は不二君を連れ戻すためですか?」





柳生の、その確信を得た質問に祐太は若干驚いた。





「よく分かりましたね。 確かにその通りです。」





「セイレーンの方達とは、昔交流がありましたから。 多少のことは聞き及んでいます。

 環境の悪化した場所で、生きていくことは出来ない。 そのままその場にいれば羽根が抜け落ち、命を落とすと。

 ですから、あなたは来たのでしょう?」





「そうです。 兄貴の今の状態は、かなり危険な所まできています。 声を失ったのが何よりの証拠です。

 だから、兄貴はすぐにでも連れて行きます。 例え止められ、誰かと戦うことになろうとも、俺は兄貴を連れて行きます。」





祐太の目には、固い決心が浮かんでいた。 彼のその目に、3人は関心した。

どんなことがあっても兄を助けるという、その覚悟に。





「大丈夫ですよ。 僕達は君の味方です。 君達がちゃんと帰れるよう、お手伝いします。」





はじめがそう言うと、他の2人も頷いた。

それに、祐太はありがとうございますと言い、不二は柔らかく笑った。





「では、一刻も早く行ったほうがいいでね。 サンレットの長達に見つかると、話がややこしくなりますから。

 不二君、飛べますか?」





柳生のその問いに、不二は悲しそうな顔で首を横に振る。 今の彼には空を飛ぶ力さえ、残されてはいなかったのだ。





「それでは私と祐太君で不二君を支えましょう。」





柳生がそう言ったその時、急に祐太と不二の顔が険しくなった。





「どうした?」





「海がざわつき始めました。 この感じは妖です! 多分、兄貴を狙ってきてます!」





祐太のその言葉に、その場に一気に緊張が走る。 その中で、最初に指示を出したのは柳だった。





「祐太はここで不二を守っていてくれ。 俺達は妖を撃退してくる。」





「えっ?! そんな無茶な?! 特に柳さん、あなたは人間じゃあ?!」





「大丈夫だ。 俺はただの人間じゃない。 普通の人間だったら、あんな妖だらけの店で働けないさ。

 さあ、2人共行くぞ!」





柳のその言葉に頷き、3人はすぐにその場を飛び出した。 海岸に出ると、海は荒れ高い波が押し寄せてきていた。





「柳生! お前は上から様子を探ってくれ! 観月は不二達に危害が・・・!!!」





荒れる波打ち際で叫んでいた柳の声が急に途切れた。 彼の足を、海から伸びた何かが掴んだのだ。

それは、ものすごい力で彼を引っ張る。 なす術もなく海に引きずりこまれる柳。 柳生達が助けに行く間もなく、彼は海に消えた。





「柳君!!」





はじめが叫ぶ。 彼も海に近寄ろうとするが、柳を引きずり込んだ何かが再び襲ってきたため、行くことが出来ない。

自分に向かってきた何かを、自ら作り出した氷の剣で叩ききる。 砂浜に落ちたをれは、イカのような形をしていた。





「これは・・・。」





それを見て、はじめは悟る。 この、妖の正体を。 しかし、海に済む妖ではないため、どうすることも出来ない。

と、その時。 ずっと上空で様子を伺いながら、覆い来る妖と戦っていた柳生が声を張り上げた。





「観月君! 下がって!!」





その言葉に、反射的に後ろに下がるはじめ。 その瞬間、巨大な水柱が上がった。

水が重力に従い海に戻る中、その中から現れたのは、巨大な妖の姿だった。 固い鱗に覆われた体。 漆黒の鋭い瞳。

そして、その体から発せられる尋常ではない威圧感。 突然現れたその妖に、2人はその場に思わず固まってしまった。

だが、その妖の短い手に握られた者の姿に、2人は叫んだ。





「「柳君!!」」





柳を連れたその妖は、ゆっくりと岸に近づくと、彼を静かに砂浜に寝かせた。 そして自身は再び海にその体を躍らせた。

どこに?と思った束の間。 海に衝撃が走った。 巻き上がる水しぶきの中、2人は砕け散った先ほどの妖と思われる残骸を見た。

急速に穏やかになる海。 その中から、再びさきほどの妖が現れた。 ゆっくりと岸辺に近づいてきた妖は、一瞬海に潜った。

そして、次の瞬間現れたには、1人の男だった。





「あなたは・・・?」





訝しげに尋ねる2人。 それに、妖は言った。





「橘桔平だ。 まあそれよりこう言ったほうあ通じるか。 俺は、幸村の頼みでここに来たんだ。」





「! あなたが幸村君の言っていた助っ人ですか。 ありがとうございます。 お陰で助かりました。」





「いや、礼には及ばない。 だが、お前達の仲間が・・・。」





「大丈夫ですよ。」





柳生のその言葉に、目を見開く2人。 それもそうだろう。

彼らの前に横たわる柳は、どう見ても死んでいたのだから。 だが、その時。





「うっ・・・。」





なんと、死んでいたはずの柳が身じろぎをし、起き上がったのだ。

その光景には、2人もかなり驚いていた。





「まっ、まさかそんな!?」





はじめの驚きを前に、柳は平然とした顔で立ち上がった。 そして、先ほど妖によって裂かれたワイシャツをおもむろに脱いだ。

脱いだことにより露になる彼の肌。 その彼の右の肩甲骨に刻まれたものを見て、橘は彼が生き返ったのに納得した。





「・・・呪いか。」





そう言う橘。 それに頷く柳。 彼の背にあったもの。 それは、漆黒の蝶の刺青だった。





「呪い・・・ですか?」





何か尋ねたそうにしているはじめ。 しかしそれは、祐太の声によって遮られた。





「皆さん! 兄貴がっ!!」





彼のその声で、3人は一斉に檻に向かって走り出した・・・。



                                            ☆



「・・・今回は結構ハードだったな。」





ソファに深く腰を下ろした柳がそう呟く。 それに、柳生も頷いた。

あのあと、倒れた不二と祐太、心配した他の3人をセイレーンの郷に連れていったのは橘だった。

海の中にある孤島に行くのには、彼が1番適任だったのだ。 無事に送り届けると、彼らは店へと戻った。

ちなみにはじめは不二が戻るまで、スピリローズで待っていると言っていた。

一緒に店に来た橘は、今は幸村と話していた。 どうやら、今後サンレットは彼の保護下に入るらしい。





「でも、これで不二君達は大丈夫そうですね。」





「ああ、そうだな。 今度、また様子でも見に行くか。」





「ええ、そうですね。」





紅茶のほのかに甘い香りのする部屋の中、2人は穏やかにくつろいでいた・・・。









【あとがき】

なっ、長くなりすぎた(汗) あまりにも長くなりすぎて書きたいことが書けなかった・・・。

ってことで、間章として少し補足を書きます。 ・・・1話完結にしたのがよくなかったのかな・・・?

まあ、なにはともあれこの話で橘さんも出せたからいっか。 彼についても、少し間章で触れたいと思います。

では、次回をお楽しみに!



06.11.18



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