Antagonist
「…あの、そろそろ動いてもええですか?」
暗闇の中、声がする。
「あかん。 今下手なまねしてみてみい。 怒られるどころの騒ぎじゃなくなるで?
あいつらも警戒してきとる。 ここで何か気付かれんのも面倒や。」
諌められ、声は聞こえなくなる。 だが、少しして。
「せやけど俺は、動かせてもらいますで。 あいつをこれ以上生かしておくなんて、許せへん。」
その言葉は誰に聞かれることもなく、闇の中に消えていく。 何かが今、起ころうとしていた…。
☆
「真田、仕事だよ。」
そう幸村に言われたのは昨日のこと。 内容はなんてことない、とある人物の暗殺。
いつものように夜になると出かけた。 今夜は蓮二はいない。 だが、1人でも十分だった。
護衛に囲まれた標的。 周囲を警戒しながら歩いている。
「ほう。 さすがに狙われていると分かっているのか。 だが、それも無駄なことだがな。」
そう小さく呟きながら、真田は闇に身を潜めて隙を狙う。
すると少しして標的は1つの部屋の中に入った。 そこはプライベートな所なのだろう。 護衛は入って来ない。
標的もそこのセキリュティは万全にしてあるらしく、完全にくつろいでいる。
完全防弾仕様になっている窓の外から、その様子を窺うことが出来た。
「あれしきで安心しているとは。 嘗められたものだな。」
そう言いながらスラリと日本刀を引き抜く。 その刃は闇の中でも美しい銀色に輝く。
「さあ、貴様も終わりだ。」
次の瞬間、真田は闇の中から飛び出した。 翼をはためかせ、標的のいる窓辺に近づく。 彼の存在に、標的が気付くことはない。
それほどまでに、真田は完璧に気配を消しているのだ。
窓に近づいたと同時に、刀を数回振る。 その瞬間、強固なはずの窓は綺麗に切れた。
さすがにそんなことがあると、標的も気付く。 だが、時すでに遅し。 標的が声を上げる前に真田の刀が体を貫いた。
急所を的確に一突き。 それにより、標的は声を上げる間もなく絶命した。
「これで終わりだが貴様の血、頂くぞ。」
そう言うと真田は既に死んだ標的の首に自身の牙を突き立てた。 噛み付いた箇所から、真っ赤な血を啜る。
ヴァンパイアは時折、血を飲まないと生きていくことが出来ない。 それは真田も例外ではなかった。
…少しして、彼は口を離した。 唇に付着した血を手の甲で拭い、絶命した標的の体を床に落とした。
「こんなものか。 だが、相変わらず不味い血だな。」
そう悪態を洩らすと、真田は自身で切断してガラスの無くなった窓の淵へと歩み寄る。
そして翼を大きく広げる。
「さて、戻るとしよう。」
力強く羽ばたくと、体は宙へと浮く。 そしてそのまま真田は夜の闇の中へと飛び去っていった。
「見つけた…。」
…彼は気付かなかった。 何者かが闇の中から自分を見ていたことに。
その者の目が、憎しみの色に染まっていたことに―――。
☆
「おかえり真田。 今日もお疲れ様。」
仕事を終え、店に戻るとすぐに幸村の元へと向かった。 先ほどの報告をするためだ。
部屋に入ると窓際に座った幸村が彼を出迎えた。 真田は彼の元に歩み寄る。
「ああ。 報告だ。 今日も問題なく終わらせてきた。」
「そう、ならいい。 まあ、君がしくじるなんて思ってないけどね。
それで、仕事じゃないんだけど頼みたいことがあるんだ。」
「何だ?」
幸村に問い返す。
「ちょっと手塚の所に届けてもらいたいものがあってね。」
そう言って幸村は机の上に小さな箱を置いた。
☆
―――手塚は今、ノクターンにはいない。 暴走した彼を止めた後、しばらくの間手塚は店で療養していた。
それは幸村の薦めがあったからなのだが、今から少し前、双子の妖の片割れ。 亮がやって来て言ったのだ。
「手塚、ディグレストに戻って来て。 今、あそこは無法者達で溢れているんだ。
前は手塚の封印されてた祠があったから、寄り付く奴は少なかった。 君の気配は強すぎるからね。
だけど君がいなくなってから、あそこを狙う妖がやって来るようになって…。
このままだとあそこは荒らされつくしてしまう。 俺達の力じゃあ、守りきれないんだ。 だから手塚、戻って来て。」
亮の言葉に、手塚は一緒に話を聞いていた幸村のほうを向く。
一応了解を得ようと思ったのだ。 彼を引き止めていたのは幸村なのだから。
「戻ってあげなよ。 君の傷はもう完璧に癒えてる。 これ以上ここにいる意味はないからね。
戻って、守ってあげて。 あそこには君の仲間達がたくさん眠っている。 その眠りを妨害させないためにも。」
「分かった。 じゃあ俺は戻るとしよう。 何かあったらいつでも連絡をくれ。
今まで世話になった。 ありがとう。」
そう言って手塚は亮と共に部屋を出て行った。 そして店にいた他のメンバーにも声をかけていく。
こうして手塚はディグレストへ。 かつて自分の治めていた地へと戻って行った。
☆
「これか。 分かった、届けよう。」
「仕事から戻ったばっかなのに悪いね。 他の皆はまだ仕事から戻ってないから、真田にしか頼めなくて。
俺も今から別に用があって出なくちゃいけないし。 中身は危険物じゃないから、そんな神経質になる必要はないよ。」
幸村の言葉に頷き、真田は小箱を懐にしまう。
「では早速行ってくる。」
「うん。 よろしくね。」
真田が部屋から去り、扉がパタンと閉まると今まで穏やかだった幸村の表情が変わる。 眉を顰め、険しい顔。
そのまま窓の外を睨むようにして見つめる。
「…とりあえずは手塚次第だな。 少しは何か掴めるといいけど…。
☆
「どう? 様子は。」
壁一面を占めるガラス。 その巨大な窓を背に立つのは、漆黒の服を着た男。
だが、彼の顔は闇に呑まれていて見ることは出来ない。 男の反対側には更に1人。
「今の所順調や。 人数も大分集まってきたとこやし。
せやけど聞いたか? 銀の話。」
「聞いたよ。 弟と接触したってことでしょ? でもそれはこっちの不手際が原因だからね。
あいつ等をしっかり監視していなかったこちらに非がある。 彼を責めるようなことはしないよ。 逆に助かった。
今ここで橘の妹を攫ったとなったら、動きにくくなる。 そうでなくても最近は四天王が色々動いてるみたいだし。
気をつけないとね。 まだあと少し、準備が必要だ。」
「せやな。 準備は万全にしとかなあかんもんな。
…さて、そろそろ俺は失礼させてもらうで。 ちょいやらなあかんことあるでな。」
「分かった。 じゃあ、また何かあったら報告しに来てね。」
漆黒の男に言われ、もう1人はああ。と返す。 そして彼はそのまま姿を消した。
1人残された部屋の中、漆黒の男は呟く。
「もう少しだよ。 もう少しで実行出来る。
そうすれば、君と俺の望みが現実になるんだ。 待ってて。 必ず果たしてみせるから。」
不意に、闇の合間から月光が部屋の中を照らした。 それに照らされ、男の髪が白く輝く。
誰もいない部屋で1人、男は静かに佇んでいた―――。
☆
「あっ! 真田だ!」
ディグレストに入ってすぐ、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。 見るとそこには淳の姿。
軽い身のこなしで、彼の元に近寄って来る。
「久しぶりだな。 元気にしてたか?」
「まあね。 手塚が戻って来てからここも平和になったし、前より楽になったよ。
で、今日は手塚に用事?」
淳の問いにそうだと返すと、じゃあついて来てと言われる。 歩き出した彼の後を追いながら、2人は森の奥へと進んで行く。
ディグレストは深い森だった。 木々が生い茂り、霧も立ち込めている。 そのため、慣れていない者は必ず迷う。
「最近はどうだ?」
「うん、手塚が戻って来てくれてからはずっと平和だよ。 荒らしてたた奴等も大人しくなったし。」
そう会話をしながら森の中を進む。 しばらく歩いていると、視界が開けた。
森の中に突如出現した緑に覆われた広場。 その中には1軒の木で作られた家。 扉の前には亮の姿。
「亮ー、手塚戻って来てる?」
「まだだよー。 でも多分そろそろ戻って来ると思う。
真田、久しぶり。 手塚に何か用なんだ。」
「ああ。 幸村からの頼まれ物を渡すだけなんだがな。」
そう話していると、突如ざわついた木々。
「あ、帰って来た。」
亮が言うのとほぼ同時に姿を表したのは、9本の美しい尾をなびかせた手塚。
彼は広場に入ると、真の姿から人間の姿に変えた。
「戻ったぞ。 真田ではないか。 珍しい。 何だ?」
「ああ。 幸村から届けものだ。」
そう言うと真田は懐から小さな小箱を取り出した。 受け取った手塚はそれを仕舞う。
「わざわざ悪かったな。 確かに受け取った、と幸村に伝えておいてくれ。
さて、久しぶりに来たんだ。 少し寄ってくか?」
「いや、今日はもう戻る。 仕事続きだったのでな。 それにのんびりとしていて陽が昇ったらまずい。」
それに納得する手塚。 ヴァンパイアは陽の光に弱い。
当たれば皮膚は赤く爛れ、更に長時間そのままだと死に至る。
「そうか。 ではまた時間のある時にでも来るといい。
淳、森の出口まで送ってってやれ。」
「いや、帰りは問題ない。 先ほどはこの場所が分からなかったからきちんと来たが、空から戻れば問題あるまい。」
それに3人は頷く。 真田は翼を広げた。
そしてまたな、と言うと上空に舞い上がった。 闇に消えさっていく姿を見送りながら、手塚は先ほど受け取った小箱のことを考える。
(中身はきっと『例』のものだろう。 情報源はさしずめ南といった所か。
…早々に動くとしよう。 少しでも掴まなければ。)
そう考える手塚の表情は、とても真剣なものだった―――。
☆
「今日は何かとやることの多かった日だな。」
そう1人呟きながら真田は人気のない裏路地に舞い降りる。 店までの距離はあと少し。
戻ったらとりあえずゆっくりと茶でも飲もうと思ったその時だった。
「!!!」
不意に背後から感じた殺気。 咄嗟に身を捩ると、すり抜けたのは大ぶりのナイフ。
それが飛んできたほうを見ると、そこには1人の男が立っていた。
「貴様は…?」
そう呟くが、答えは期待していない。 どうせ、自分に怨みにおある人間だろう。
仕事柄、こんなことはよくある。 だが、今回は何かが違う。 いつもの連中ならばなりふり構わずに襲い掛かってくる。
しかし今回はそれがない。 無言のまま、不気味にこちらを睨みつけているだけだ。
闇の中、真田は男の姿を注視する。 黒い髪に黒い瞳。 そして黒い服。 だが、その中で耳のピアスだけは不気味な光を放っていた。
手には、武器と思えるようなものは何も持っていない。 しかしどこかにか隠し持っているはずだった。
そう観察していると、不意に男が口を開いた。
「…やっと、やっとこん時がきた。」
その言葉の意味が分からないといった表情をする真田。
彼が心底おもしろいのか、男はニヤリと口元を歪めて笑う。
「お前で最後や。 これで俺の復讐は終わる。
逃げようなんて、思わへんようにな。 いや、逃がしはせえへんけど。」
そう言った瞬間、男が動いた。 相当な早さで、真田の懐に飛び込んでくる。
咄嗟に地を蹴り宙へと跳躍する。 だが、それにも男は反応して襲い掛かってくる。
このままではやられかねないと、真田は日本刀を抜く。 そして横薙ぎに振るうが、直後に響いた甲高い音。
やはり男は武器を隠し持っていた。 大ぶりのナイフを2本。 それを交差させた状態で、真田の剣を受け止めたのだ。
拮抗状態になりかけるが、男がぐっと力を込めて真田を押し返した。 そして開く距離。
「貴様、一体何者だ?」
真田のその問いに、男はにわかに目を細めた。 その眼光は鋭く、何か禍々しいものを感じさせた。
「…忘れたとは言わせへんで。」
低い声。 それには重苦しいものが籠められていた。
「何だと?」
「俺達の一族を、お前等は滅ぼしたんや。 ただ気に食わないと、たったそれだけの理由でな!
俺は復讐を誓った。 全て殺すってな。 お前で最後なんや!!」
そう言うが早いか、男は再び襲い掛かってきた。 応戦するが、真田は男の言ったことが気になってしょうがない。
(俺が最後の1人? 一体どういう意味だ。 それに復讐など…。 思い当たることなど…。)
そう思ったその時だった。 男が怒鳴った。
「この憎きヴァンパイアがっ!!」
その瞬間、理解した。 この男の正体。
あのことはもはや自分とは関係のないと思っていた。 だが、そうではなかった。
言葉から察するに、この男はあの一族の最後の生き残り。 それならば憎しみも相当であろう。
しかしここでやられるわけにはいかなかった。 そう思い、攻撃に転じる。
「ちいっ!」
それに男も更に仕掛けてくる。 続く攻防。 その時だった。
「!!!」
男の憎しみに染まった瞳が視界に入った。 今まで直視することを避けてきた瞳。
あのような愚かな者達など、仲間ではない。 争うならば、せいぜい自分達でやればいい。
そう言い自分は捨てた。 止めることも出来ただろう。 声を荒げて言うことも。 だが、それを自分はしなかった。
その結果がこれだ。 言動から察するに、どちらも滅びたのだろう。 そしてこの男は全てを失った。 仲間も、帰る場所も。
それならば怨みは相当深い。 それを認識したくなかったから、目を見なかった。
だが、それが遂に視界に入った。 そしてそれはまるで呪縛のように纏わりついた。
「貰った!!」
一瞬動きの止まった隙を、男が逃すはずがなかった。 しまったと思ったその時は、時既に遅し。
男の持つナイフがギラリと光り、真田の喉を切り裂いた―――。
「ガハッ!!!」
口から血を吐き倒れこむ真田。 更には切り裂かれた喉から溢れ出した血が、薄暗い地面を赤く染め上げていく。
血に濡れたナイフを持つ男が傍らに立つ。 その口元には歪んだ笑み。
「これで、これで俺の復讐も全て終わるんや。 真田弦一郎、これで終いや!!」
そう怒鳴りナイフを真田の心臓目掛けて振り下ろしたその瞬間!
「させるか!!」
不意にした声と共に、飛んできた炎。 それを咄嗟に避ける。
暗闇の奥から現れたのは、幸村。
「ちっ。 ノクターンの店長か。 また厄介なもんが出て来たもんや。 今日の所は引かせてもらうで。
あんさんと闘りあう気はあらへん。 …せやけどそいつの命、次こそは奪わせてもらうで。」
そう言うが早いか男は身を翻す。 そして漆黒の翼を出現させると、闇夜の中へと飛び去っていった。
男の姿が見えなくなるとすぐ、幸村はしゃがみ込んで真田の様子を見る。
ヴァンパイアは自己治癒能力が高い。 ちょっとやそっとのことで死ぬようなことはまずない。 だが…。
(血を失いすぎている。 このままだとヤバイな。)
青ざめた顔。 このままでは最悪の状態になると思った幸村は急いで彼を店へと連れ帰った―――。
☆
「蓮二!!」
店に戻ってすぐ、部屋に真田を連れていった幸村は蓮二を読んだ。 緊張感を含んだ声に、蓮二は直ぐに来る。
傍にいた他のメンバー達は何事かと思う。
「真田がやられた。 多分そろそろ暴走する頃だと思う。 頼んでいいか?」
「分かった。 終わるまで、部屋に決して入るなよ。」
そう言い残して蓮二はその場を去ってゆく。 彼が消えてすぐ、争うような物音。
だがそれは直ぐに収まった。 静かになってしばらくした頃、青白い顔をした蓮二が部屋から出て来た。
「一体、何があったんすか…?」
恐る恐る尋ねる赤也。 幸村が説明する。
「…真田がやられてね。 血を失いすぎたんだ。 ヴァンパイアは高い自己治癒能力を持ってる。
だけど血液だけは作り出すことが出来ないんだ。 血を失いすぎたヴァンパイアは、それを補充しようと暴走する。
鎮めるには血を飲ませるしかない。 だけど、それには相当な量が必要なんだ。 それこそ人1人分では足りない。
だから蓮二に頼んだんだ。 悪いんだけど、彼にしか無理だからね。」
「そういうことだ。 それにしても暴走はキツイな。 全身の血を全て飲み干すまで止まらないとは。
いくら俺といえどもな。 だが、もう大丈夫だ。 直に目を覚ますだろう。」
「そうか。 なら良かったが。
じゃけどあの真田がやられたんじゃろ? 相手は一体何者ぜよ?」
仁王のその言葉に幸村は顔を曇らせた。
「多分だけどあれは…クルースニク…。」
幸村のその言葉に、全員の顔が驚愕に歪んだ。
その者の正体がクルースニクならば、真田を狙う理由が分かる。
ヴァンパイアとクルースニク。
この2つの種族の因縁を知っている者ならば…。
「ひとまず、真田が回復するのを待とう。」
それに頷く面々。
窓から、陽の光りが淡く射し込んできた―――。
☆
「お前は一体何考えとんのや?!」
闇に覆われた部屋に響き渡る怒鳴り声。
「こんの大事な時期に! 計画に支障が出たらどうするつもりなんや?!
しかも成功したらなまだしも失敗したやなんて。 最悪やないか!」
「すんません…。」
「…今回のことはしっかりと報告しとくでな。 お前んことはあいつの判断に任せる。
多分幸村にも正体バレてんで。 事の重大さ、よう考えとき。」
そう言い残して相手の男はその場から去って行った。
後に残されたのは、うな垂れた1人の男だけだった―――。
【あとがき】
気付いたら、メインの更新約半年以上してませんでいた(滝汗)
ものっそ久しぶりの更新です。 今回は真田のお話でした。
ええ、やられましたね。 真田。 強いのにね。 でもこれには原因がきちんとございます。
そして今回はやたらと敵さんが出現。 この口調では厳しいかもしれませんが、あの学校の方達ですよ♪
謎をばら撒きまくってますが、ちゃんとどうするのかも考えておりますのであしからず。
後少し、書きましたらその収集へと入ろうかなと考えております。
でもその前に、早く全員登場させなきゃっ(焦)
08.3.19
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