Sadness Scar  前編





「…今回の仕事はかなり危険なんだ。」





今日も仕事のために幸村の部屋に呼ばれたメンバー。 しかし、いつもと違って人数が多い。

通常は1人もしくは2人でこなすことが多いが、今日は4人。

蓮二・柳生・ジャッカル・真田。

このメンバーが幸村の部屋へと呼ばれていた。





「お前がそう言うとは珍しいな。 内容は何だ?」





真田に促され、幸村は口を開く。





「とある荷の回収だ。 クライアントの情報によると、どうやら相当ヤバイらしい。」





「どれほどのものなのだ? その荷というのは。」





真田の問いに、幸村は少し間を置く。 それは、どこか言うのを躊躇っているかのようにも見えた。

少しの時間を置き、幸村はゆっくりと口を開いた。





「…妖の、肉体だ。」





「な…に…?」





幸村のその言葉に戦慄が走る。 妖の肉体。

その言葉から連想されることは、1つ。





「そのままの意味だ。 今回回収するのは、妖の肉体だ。 …バラバラにされたな。

 相手はその筋のプロの密売人。 情報によると、構成員は主に人間。 だけど妖もいるらしい。」





―――妖の肉体。 それは、1部の者にとっては必須の代物だった。

妖と言っても、全ての妖がその対象となるわけではない。 狙われるのは、純血の妖。

現在では完璧な保護下に置かれているセイレーンが、いい例だ。 かつて彼等は狩られる対象だった。

セイレーンの生き血には、若さをもたらす効能があるとされてきた。 勿論そんなのは迷信だ。

だが、信じる者は信じる。 そのため大掛かりなセイレーン狩りが、かつては行われていたという。

他にもハーピイやドラゴン、妖狐なども狙われてきた。 これらの内、ドラゴンを除く一族はことごとく滅んでいる。

その原因は狩られたのが直接の原因ではなく、何者かの襲撃により滅んだというのが定説だ。

しかし、狩りも滅びの一旦を担っていたといっても、決して間違ってはいない。

この他にも滅んだ一族は多い。 殺された妖達の肉体は、高い金額で取引されるという。

そしてその肉体を商品として売買するのが、今回の相手である売人と呼ばれる者達だ。





「売人が相手か。 少々面倒な仕事だな。

 それで、具体的に俺達は何を回収すればいい?」





「そんな焦らなくてもいいよ。 順に話す。

 4人には売人が倉庫としている所を直接狙ってもらう。 簡単に言えばそこに乗り込むんだけどね。

 で、最優先で回収すべきなのは1つの巨大な水槽らしい。 人が1人入れるくらいのね。

 この先は詳しく言わなかったけど…。」





「…巨大な水槽か。 実際に目にしているわけではないから憶測でしかないが、中身は大体予想がつくな。

 多分、肉体の一部ではなく全てだろう。 体が丸ごと入っている可能性が高いな。」





蓮二の言葉に、ジャッカルがゴクリと唾を飲み込む。





「ああ。 …今回のこの依頼だけど、一応普通に受けたけど放置しておくことは出来ない。

 妖の肉体の売買なんて、俺達からしたら憎むべきものだ。 同じ妖の俺達としてはね。

 だから手を打とうと思う。 その詳細は話さないけど、このままにはしておかないから。

 とりあえず4人はその荷の回収だけを遂行して。 まずは仕事の優先を。

 取引開始時刻は明日の深夜。 それが終わった直後を狙って行動する。 …頼んだよ。」





幸村の言葉に、全員頷く。 だが、この時誰が気付いただろう?

柳生がかつて見たこともないほど、顔を歪ませていたことに―――。



                                              ☆



「売人…。」





自分の部屋で、灯りも点けず蹲る柳生。 その顔は、酷く歪んでいる。

両手で、頭を抱える。





『ああ。 あの一族の生き残りか。 残念だったな。

 もうここに、お前の仲間はいねーよ。』





『誰がやったかだって? そんなの俺も知らねーよ。

 俺らは情報を流されただけだ。 いい商品が転がってる、ってな。』





『助けて…。 助けてえっ!!』





『お前だけでも、お前だけでも逃げろ!!

 一族を途絶えさせるな! 行け!! 振り返るな!!』





『熱い、熱いよおっ!!!』





目を閉じれば浮かぶ、記憶。 それは長い年月が経とうと薄れることはない。

紅蓮の炎に包まれる、故郷。 泣き叫ぶ仲間。 飛び散る、紅。

守ろうとした、だけどそれには自分の力が足りなくて。 逆に守られた。





逃げろ―――





仲間はそう自分に告げた。 残ると言ったが、彼等はそれをよしとしなかった。





血を絶やすな。 誇り高き我が一族の―――





必死の思いで逃げ延びた自分に、差し出されたのは救いの手。

彼の手を、縋る思いで取った。





『名前は?』





彼はいつでも自分の味方でいてくれた。

時が経ち再び訪れた、場所。 しかしそこに残されていたのは、見るも無残な…。





「やっと見つけましたよ…。」





必死に探して、見つけた。 しかし、敵はその者ではなかった。

行方の分からなくなった者達。 それを、今でも探し続けている。 本当の敵と共に。





「…潰してやる…。」





そう呟く柳生の顔に、いつもの穏やかな表情はない。

憎しみに歪んだ、悲しみに暮れた表情。

ぐっと強く握った拳。 爪が食い込み、血が零れる。

紅い、紅い血が。 ポタポタと…。



                                           ☆



「行くぞ。」





真田の言葉と共に、一斉に空に舞い上がる。 蓮二はジャッカルの腕に掴まっている。

目的の場所はあっさりと見つかった。 中の状況を確認し、潜入する。

目的の荷も、直ぐに見つかった。 黒い布をかけられた、巨大な四角いもの。

それを目の前にし、4人は運び出す術を思案する。 だが、その時だった。





パアンッッ





突如響き渡った銃声。 体が咄嗟に反応し、その場から飛びすさぶ。





「やはり現れたな、ノクターン。」





その言葉と共にゆっくりと現れたのは、漆黒のスーツを着込んだ男達。

見た目からは、一般人と大差ない。 しかし、放たれる雰囲気が違った。

鋭く冷たいそれは、裏の者と確信させるのに十分だった。





「貴様が売人か。」





「そうだ。 お前等はこの場所を押さえるつもりだったんだろ? 残念だったな。

 今回は取引はやってねーんだよ。 お前等に依頼をしたクライアント、あれは俺の差し金だからな。」





売人の男の言葉に、眉間に皺を寄せる。





「何?」





「そのままの意味だよ。 今回の目的はもっと別の所にある。

 それにしてもこの人数は誤算だったな。 予定よりも多い。 まあ、その分収穫も多いがな。

 …さあ、やれ。」





男がそう言った瞬間、4人を囲むようにしてかなりの数の人間達が。

その手には全て銃が握られている。





パララララ





男の言葉が合図なのだろう。 現れた人間達は一斉に4人に向かって銃を放った。

しかしそこには差がある。 決定的な実力の差が。 更には、人間と妖という差もある。

華麗な動きで敵を倒していく彼等。 だが、その時だった。





「これしきでお前等と闘りあえるなんて、思っちゃいねーよ。 使え。」





男がそう言った瞬間だった。





「弦一郎! 危ない!!」





危険を察知した蓮二が、咄嗟に狙われていた真田を突き飛ばした。





パアンッ





「うぐっ。」





再び響いた銃声。 それと共に崩れ落ちる蓮二。 普段は心配こそするが、駆け寄りはしない。

蓮二は不老不死。 決して、死なない。 大抵の怪我でも、痛みは感じるが直ぐに治癒するためそれほど問題はない。

しかし、今回は違った。 額から脂汗を流し、苦痛に顔を歪めている。 その事態に真田が駆け寄る。





「蓮二!」





2人に危害が及ばぬよう、柳生とジャッカルが周囲の雑魚を片っ端から片付ける。

しかし…。





「! 真田!!」





ジャッカルの怒鳴り声。 その言葉に危険を回避しようとするが、傍らには苦しむ蓮二。

避けることなど、出来ない。





「ぐうっ。」





蓮二を庇ったため、当てられた攻撃。 それの前に、真田の体も崩れ落ちる。

本来ならば、ありえないことだった。





「真田君! 柳君!!」





「くっそ、このままじゃあ全滅もしかねねえ。 柳生、お前は2人の傍にいろ!」





そう言うが早いか、灰色の翼を広げ飛翔するジャッカル。

あまり高くない天井ギリギリまで上がり、翼を大きく広げる。 そして、一気に翼を振り下ろした。

風の刃がうねりを上げ、隠れていた人間達を襲っていく。

だが、この攻撃は威力が大きいがそれと同時に隙も大きかった。





パアンッ





再び響いた銃声。 避けようとしたのだが、遅かった。

翼を掠った銃弾。 普通ならば痛むがそれほどのものではない。 しかし…。





「ぐうっ。」





ほとんど墜落するかのように、地面へと舞い降りるジャッカル。

彼も真田達と同様、脂汗を浮かべ苦しんでいる。





「くくく。 初めて使うが、中々の威力だな。」





売人の男がそう高らかに言う。





「一体何をっ?!」





「これをな、使ったんだよ。」





そう言いながら男が懐から取り出したのは、1つのアンプルケース。

中に入っているのは、何やら赤い液体。





「それは…?」





「これか。 これはな、高い毒性を持つ液体だ。 だが、普通のものではない。

 人間にも妖に対しても、高い効果を持つ。 まあ、差はあるがな。 人間は即死するが、妖は違う。

 それでも血清が無ければ死ぬことに変わりはないが。 じわじわと苦しんで死ぬ。

 どうだ? なんとも画期的なものだろう?」





ニヤニヤと笑う男。 それに、柳生の表情が歪んでゆく。





「…血清を、渡してもらいましょうか。」





普段の彼からは到底考えられないような、冷徹な声。

だが、男は高らかに笑うばかり。





「はははっ! なんとも滑稽なことだ。 お前はこの状況を分かっていないらしいな。

 上に立っているのはこの俺だ! お前は泣いて、土下座して俺に助けを求めればいい。

 お願いだから仲間を助けて下さいってな!」





「………。」





高笑いする男。 だが、そんな彼に柳生は表情の1つも動かさない。

凍りついた表情。 眼鏡に隠されている瞳は、酷く冷え切っている。 もしも眼鏡がなければ、男は動くことすら出来なくなるだろう。

それほどにまで、凍てついたそれ。





「柳生…。」





呻く仲間。 彼等を柳生は軽く一瞥する。 一瞬だけ、瞳にいつもの温かさが戻る。

―――心配しないで下さい。

そう、口が微かに動いた。 そして次の瞬間。





「…奪いましょう。 その血清。 貴方達の命と共に。」





柳生の体が、宙を舞った―――。



                                              ☆



「がっ…。」





ギリギリと喉を締め付ける手。 鋭い爪が、傷を作り血を流す。





「…随分弱っちいもんじゃの。」





喉笛を捉まれ、宙に浮く1人の男の姿。 掴んでいるのは、半狼の姿の仁王。

宙に浮く男の口が、空気を求めて金魚のようにパクパクと動く。 だが、仁王がそれに同情することはない。





―――仁王が今まさに殺そうとしているのは、今回のクライアントだった。

依頼がきた時点で幸村は、今回のこれに何か裏があると踏んでいた。 それでいて、依頼を受けたのだ。

クライアントが立ち去った直後、仁王を呼び出し調査を依頼。 そしてその間に他の仲間達に荷の回収を依頼したのだ。

結局仁王は間に合わず、仲間達は荷の回収の仕事としか知らぬまま出た。 少しは心配だったが、同じ仲間。

やられることはないだろうと確信していた。 それほどまでに、幸村は仲間達を信頼している。

そして彼等が出て行ってから戻ってきた仁王。 彼がもたらしたのは、クライアントが売人と手を組んでいるという事実。

知った幸村は、仁王にクライアントの始末を頼んだ。 そして、今に至るのである。





「あ…っ、…あっ。」





苦しみに足掻くクライアント。 だがそれごときで仁王の心を動かせるわけがない。

更に、力が籠められる。





「これで、終わりじゃ。」





バキッという音を立てて、骨が砕ける。 途端にぐったりとなるクライアントの体を放り投げ、仁王は部屋の物色にあたる。

本来なばらば殺せば仕事は終了なのだが、今回は違う。 売人と手を組んでいたのなら、当然書類があるはず。

もしかしたら機密情報があるかもしれない。 そう思い、仁王は部屋の中を物色しようとする。 だが、その時だった。





「…これ…何じゃ?」





クライアントが座っていただろう机の上に数枚の紙。 それを掴み、目を通していく。





「………!!!」





書かれていた内容に、仁王の目が見開かれる。 無意識のうちに、震える手。





「ヤバイ!!」





次の瞬間、仁王はその紙を懐に押し込むと瞬時に狼の姿に戻る。

そして、部屋にある窓を突き破り外へ飛び出し、そのまま全力で駆け出した。





「自分を見失うんじゃなかよ…柳生…!!」





脳裏に甦るはかつての光景。 彼を止めなければ。 その思いで仁王は地を蹴る。

彼があれを見たら、危険なことになる。 最悪、取り返しがつかなくなるかもしれない。

止める者は自分以外にいない。 自分以外は、彼の過去を知らない。

必死の思いで仁王は地を蹴る―――。









【あとがき】

闇風様、大変お待たせいたしましたっ。 リクのお品でございます。

と、言いましてもまだ前編ですが(汗)

本当は1話に収める予定だったのですが、いつの間にかとてつもなく長くなってました。

申し訳ないです(土下座)

しかもリクの内容に沿えてないってゆー、失態(滝汗) ヤバイです、マジで。

後編では少しでも沿えれたらいいな(希望)



08.5.1








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送