Sadness Scar  後編





ギラリ。

柳生の振るうナイフが鈍く光る。 その度に誰かしらの命を奪い去ってゆく。

パアンッ、パアンッ。

響く銃声。 しかし、それが柳生を捉えることはない。 華麗な動きで、敵を倒してゆく。





「ちいっ!」





柳生を直接狙うのは無理だと、1人の男が真田達に銃口を向ける。

だが、引き金を引く前に音もなく現れた柳生によって絶命する。





(このままいけば…。)





そう思った瞬間だった。





「柳生! 後ろだ!!」





柳の声に反射的に振り向き、ナイフを振るう。 それによって薙ぎ払われた男は、首を切り裂かれ絶命する。

ふらふらと後ろへと体は歩く。 そして壁にぶつかり、ゆっくりと倒れていく。

だが、男がぶつかったのは壁ではなかった。 今回のターゲットである、巨大な水槽。

倒れゆく男の体に引きずられ、水槽にかかっていた黒い布が、すべり落ちる。





「―――!!!」





カランッ

柳生の手から、ナイフが滑り落ちる。

目を見開き、わなわなと震える唇。 視点の定まらない瞳孔。





「柳生…?!」





苦しみながらも柳生の目の先。 隠すものの無くなった水槽に目を向ける面々。

そこにあった光景に、絶句する。





「なっ?!」





水槽の中身は、何かの妖の全身だということは予想がついていた。

だが、まさかそれがあんなものだとは。

―――ハーピイだとは、誰も予想すらしていなかった…。





「おっと、布が取れてしまったな。 これは今回の1番主要な商品だ。 かなり大変だったのだよ。

 完全な状態で保存されているハーピイを手に入れるのはな。 ハーピイの一族はもう数百年も前に滅んだ一族だからな。

 だが、その生き残りがいるなんてな。 噂を聞いた時、自分の耳を疑ったよ。 だが、それは本当だった。

 既に滅んだ一族の生き残りほど、金になるものはない。 俺はお前を手に入れたいんだ。

 生きたままでな。 幸い顔も悪くない。 きっといい金になる。」





「てめえっ…!!」





「くっははは! 動けない体で呻いた所で、結局は意味はない。

 安心しろ。 お前達の体も高値で売りさばいてやる。 それにしても―――。」





突如男の言葉を遮ったのは、恐ろしいほどの殺気。 室内の温度が、一気に下がったかのような錯覚にさえなる。

その矛先を、ゆっくりと見る。 そこにいたのは、確かに柳生。 だが、放たれる雰囲気はまるで別人だった。

彼は、かけていた眼鏡をゆっくりとした動作で取り、地面へと投げ捨てる。

露になった瞳。 それは、紅。 普段は茶色の美しいそれが、今は炎のように真っ赤だった。





「………。」





柳生の口が、微かに動く。 それを理解する前に、柳生の体が消え去った。





「ガアアッッッツ!!!」





「ギャアアアアッ!!!」





いたる所で上がる断末魔。 見えない柳生の姿に、怯える。

その間にも断末魔は響き続ける。 このままでは自分の命が!

そう思った男は逃亡するために足を動かそうとする。 だが―――。





「逃がすものか。」





地獄の底から響いてくるような声が聞こえたかと思った瞬間、目の前が真紅に染まった―――。



                                            ☆



「なっ…。」





目の前に広がる光景に、絶句した。 ギラギラと血に輝くナイフを持った柳生が、まるで踊るかのように動く。

その度に舞い散る、血。

真紅のそれを浴びながら舞う彼の口元には、うっすらと笑みすら零れる。

あまりの事態に、目を見開くしかなかった。 と、その時目に飛び込んできたのは倒れ付す仲間の姿。

周囲に気を配りながら、駆け寄る。





「真田! 柳! ジャッカル!」





突然した仲間の声に、ゆっくりと顔を向ける3人。 苦しそうなそれ。

駆け寄り、介抱する。





「大丈夫か?!」





「仁王?! 俺達は大丈夫、だ。 だが、それよりも柳生が…。」





呻きつつ、指差す柳。 その先にいるのは、狂ったかのように殺人という名のダンスを踊り続ける柳生の姿。

それに、いつもの面影は欠片もない。





「…何であんなになったんじゃ?」





「あの水槽を、見ろ…。」





ジャッカルの言う方を向いた仁王の顔が、凍りつく。





「あっ…あれは…?」





恐れていたことが現実となった。

水槽の中に浮かぶのは、今はもう動くことのないハーピイの姿。 柳生の、仲間。

仁王の脳裏に、過去の情景が浮かんだ―――。



                                               ☆



「血の臭いが濃い…。」





森の中を1人、歩いていると鼻をついた鉄錆のような臭い。

忘れることの出来ないそれに、若干顔を顰めながらもその出所を探していく。 と、その時だった。





「!!」





突如耳に届いた、明らかに不自然な音。 それは、地面を這いつくばっているような感じの酷く重たいもの。

近くに誰かいると思い、茂みに身を隠し様子を窺う。 少ししてガサガサと揺れる茂み。 用心深く観察。

そして、ゆっくりとそこから姿を現したのは、血にまみれた1人の男だった。





(誰じゃ? あいつ。)





見たことのない男。 彼の姿を見る。

茶色の、綺麗なはずの髪は血によって固まってしまっている。 かけている眼鏡にも、所々ヒビが。

荒い息をつき、左手で右腕を押さえながらゆっくりと歩く。 見た所、足を引きずっている。 そこも怪我をしているのだろう。

どこかにまだ塞がっていない傷があるのだろう。 ポタポタと、血が滴り落ち続けている。

普通ならば、倒れて意識を失ってもおかしくないほどの怪我。 それでも男は何かから逃れるかのように歩みを止めることはない。





「うっ…。」





その時だった。 足元の石につまずいたのか、体が前につんのめる。 支えること叶わずに、地面に倒れる体。

もう起き上がる力すらないのだろう。 しかし、その状態でも男は前に進もうとする。





「生き延びて…やる…。 仲間の、敵…を…。」





口から漏れたのは、復讐を誓う言葉。 彼の姿に、一瞬かつての自分の姿が重なった。

ズルズルと地面を這う。 が、力尽きたのだろう。 動かなくなった。

このまま放っておくことも出来た。 しかし、それは出来そうにもなかった。 自分は、この男に興味を持ってしまった。

静かに、近寄る。 そしてしゃがみ込むと首筋に手を当てる。





「…かろうじて生きとるな。」





かなり脈は弱くなってしまっていたが、それでも心臓はまだ動いている。

男の体を抱き起こし、肩に担ぐ。 そして自分の家へと連れ帰った。 ベッドに寝かせ、手当てをする。

自分と似たような気から、人間ではないと確信していた。 それが幸いしたのだろう。 大分塞がりかけていた。

それから数日の間、看病し続けた。 そしてある日、男は不意に目を覚ました。





「…えっ…?」





目を覚ますと、見知らぬ部屋。 そして綺麗なベッドに寝かされている。

状況が理解出来ないのだろう。 起き上がり、辺りをキョロキョロと見回している。





「大丈夫か?」





不意にかけられた声。 目を見やると、そこにいたのは綺麗な銀髪の男。





「貴方が助けて下さったんですか?」





「そういうことになるな。 多分、迷惑じゃなかったはずじゃ。 お前さん、生きたかったんじゃろ?

 よかったらその理由、聞かせてもらいたいんじゃが。 おっと、その前に自己紹介じゃな。

 俺は仁王雅治。 ワーウルフじゃ。」





銀髪の男―仁王はそう言って右手を差し出す。





「…柳生比呂士です。 助けて下さって、ありがとうございました。」





そう言って仁王の手を握る柳生。





「ひとまず私の正体からですね。 私はハーピイです。」





「ハーピイじゃと? 俺の聞いた話じゃと、ハーピイの一族は里から出ないんじゃないんか?

 いや…でもまさか…。 それってお前さんが血まみれでいたことと、関連が…?」





「はい。 話すと長くなるんですが…。」





そう言って柳生が話したのは、壮絶なもの。 突如里を襲った何か。 なす術もなく殺されてゆく仲間。

逃がされた自分。 復讐を、誓った。





「私は必ず復讐してみせます。」





柳生はそう、語った。

…それからしばらく経ってから、里へと足を向けたことがあった。 そこに残されていたのは、廃墟。

仲間達の姿は、何一つ残されていなかった。 柳生は仁王の協力の元、仲間達の行方を捜し回った。

そして発覚した、売人の存在。 急襲したが、その時には既に時遅し。 仲間の姿は無かった。





「どこへやった?!」





問い詰めると、売り払ったという言葉。 そこを潰し、更に次へ。

そこで見つけたのは、無残な姿となり腐敗を抑えるための薬につけられた仲間の姿。

その瞬間、目の前が真っ暗になった―――。





「柳生!!」





気付いた時には、売人達はただの肉魂と化していた。

血に濡れたナイフを握り締め、柳生はただただ、まるで狂ったかのように笑い続けていた―――。



                                             ☆



「止めんと…。」





そう言って仁王は立ち上がる。 このままでは柳生はきっと壊れてしまう。

自分の持つ憎しみにその身を完全に焦がされ、復讐のためだけに生きることになってしまうかもしれない。

それだけは、阻止しなければいけなかった。 止める権利などないと言われれば、そこまでかもしれない。

しかしそう簡単に片付けられるほど、自分は柳生と一緒にいすぎた。 放っておけないのだ。 彼のことが。





「お前さん達、ちょっと離れとったほうがいいぜよ。」





そう3人に注意を促すと仁王は地を蹴る。 恐ろしいほどの早さで柳生に向かう。

柳生は最後の1人である売人に向かって、丁度ナイフを振り上げた所だった。





「柳生! 止めんしゃい!!」





間一髪、柳生の腕を掴む仁王。 それが不快なのだろう。 柳生の顔が歪む。

いつもは茶色い瞳が、今は血のように真っ赤になっている。 憎しみに身を支配されている、証。





「邪魔、するな!!」





仁王が掴んでいないほうの手が、彼を襲う。 そこには鋭い爪。

首が裂かれる寸前で、止める。





「柳生! お前さんが復讐を望むんはよう分かる。 復讐だけじゃったら、俺は止めん。

 じゃけどな、それに全てを委ねるんは止めるんじゃ! こんなことし続けたら、お前さんが壊れる!!」





「黙れ、黙れ!!」





「自分で全部背負うんじゃなか! 俺達にもそれをちょっとでいいから分けんしゃい!

 1人で苦しむ必要なんかないんじゃ!!」





そう怒鳴ったかと思うと、柳生をぎゅっと抱きしめた。 全身に感じる、温かい体温。

それに、自然と力が抜けていく。 カラン、と乾いた音を立ててナイフが地面に転がり落ちた。





「仁王君…私は…?」





赤かった目が、段々と元の茶色に戻っていった。 それに、ほっとする。 これでもう大丈夫だろう。

安心した仁王は柳生から体を離す。 そして、逃亡しようとしている売人に、冷たく言い放った。





「逃がすわけないじゃろ。」



                                               ☆



「今回のことは、本当に悪かった。」





幸村はそう言って頭を下げる。 それに仲間達は気にする必要はないと返す。

…あの後、売人から血清を入手し仲間達は無事解毒することが出来た。

ジャッカルはまだ多少調子が悪いようだが、心配するほどでも無くなっていた。

ハーピイの遺体は、丁寧に埋葬した。 安らかに眠れるようにと。

まだ見つからない仲間がほとんどだが、それでも柳生は多少穏やかな表情をしていた。

売人は徹底的に絞ったが、結局何も有益な情報は持っていなかった。 用済みとなった今では、もう店にはいない。





「柳生、辛い思いをさせて本当にすまない。」





「いいえ。 気にしないで下さい。 それより私も暴走してしまって、ご迷惑をおかけしました。」





「ま、お互いにそんな気にせんでもええ。 無事に仕事片付いたんじゃからな。

 …じゃけど幸村、聞きたいことがある。」





不意に真剣な表情になる仁王。 周囲の空気が、ピンと張り詰める。





「一体、何が起こっとるんじゃ? 最近、こんな分からんことが多すぎる。

 何か裏があることくらい、俺らにだって分かる。 そろそろ、教えてくれてもいいんじゃなか?」





その問いは最もだった。 幸村もそろそろくると思っていたのか、頷く。





「分かった。 今分かっていることはまだそんなに多くはない。

 だけどそれでもそろそろ話すべきだね。 俺が…いや、正しくは『俺達』が何を調べているのかを…。」





幸村が口にしたのは、とある『組織』の存在。 誰にも知られることのなかった、謎のもの。

それの活動が最近活発になっているだろうこと。 事実、橘の報告によると『R』と名乗る者達と遭遇したらしい。

この組織の存在と、妖達の滅亡。 これらは関連しているとして、幸村達は調査をずっと続けているのだという。

かつて『四天王』と呼ばれた幸村・跡部・橘・手塚。 そしてエスピオーグの南と共に。

分かっていることはまだほんの僅か。 だが、現在手塚が何かを掴むために動いているのだという。





「…多分、近いうちに本格的な闘争が起こると思う。 そうなったら俺は、全力で戦う。

 これ以上、犠牲を出さないためにも。 向こうの行動理念は分からない。

 だけど、このまま黙って見ているわけにはいかないんだ。」





そう言う幸村の目には、強い光。

何かがまた、動き出そうとしていた―――









【あとがき】

終わったー!! 闇風様、大変お待たせいたしましたっ。 今度こそ本当に終わりです。

柳生と仁王の出会いのお話、上手く書けましたでしょうか? かなり不安です(汗) 今回はちょっとぼかして書かせて頂きました。

彼等の過去は、ジャッカルと赤也のように番外編として描きたいなと企んでいる最中です。

柳生の過去は今回でしたが、仁王の過去はちょっと前に携帯版サイトにありますマガで配信いたしました。

さて、やーっと組織のことが話題になりました。 そろそろ本格始動です。 組織の方々。 さあ、頑張ろう!

最後になりましたが闇風様、今回はリク本当にありがとうございました!!









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