戦う力を持たず、華麗な姿のみを持つ一族。

背に有りしは生花の翼。 色とりどりの花。

持ちし特殊なる力は、その口から紡がれしウタ。 美しく残酷に、そのウタは響き渡る。

――― 彼等の名は『セイレーン』。 その存在は、あまりにも儚い・・・。





生花の翼





「・・・あー、あー。」





暖かな日差しの差し込む部屋の中、恐る恐る声を発している人影。

綺麗な茶の髪は陽の光に透けるように輝く。 その顔は美しい。

暫くそう声を発していたが、声が出たことに安堵したのか軽く息を吐いて肩の力を抜いた。





「よかった・・・。」





思わず、そう声を漏らす。

彼の名は『不二周助』。 セイレーンである。

そしてここは彼の故郷である、セイレーン達の住む島。 『レスラウド』

少し前まで彼はここから距離の離れた地、サンレットにいた。 しかしそこで彼は、とある事件で命ともいえる声を失ってしまった。

セイレーンが声を失うということは、死を宣告されるのと同義だ。

その時、彼の身を案じた祐太がここへと連れ戻したのだ。

それから数週間。 不二の声は、完全に元に戻った。





「兄貴、どうだ?」





そう声がして、部屋の中に祐太が入って来た。

彼にニコリと笑みを返して、不二は言う。





「もう大丈夫だよ。 完全に出るようになったから。 心配かけてごめんね。」





「まったく、本当にそうだよ。 今回はさすがにひやひやしたぜ。

 でも、あの人達のお陰だな。 俺だけだったら兄貴をここまで連れて来るなんて出来なかっただろうし。」





祐太がそう言うのは、この前の事件で関わった人物達のことだ。

彼等は危険を冒して、自分達を助けてくれた。





「そうだね。 今度、1度お礼に行かなくちゃ。

 橘と観月はいつでも言えるとして、ノクターンの皆には言う機会なさそうだね。

 今度、1度店まで行ってみようか? 確かレイニックシティにあったよね?」





「ああ。 そう聞いてる。 だけど兄貴大丈夫なのか?

 外は色々危険だっていうし。 兄貴戦えないだろ。 襲われたら終わりだぞ。」





「うーん・・・。 まあ、なんとかなるでしょ。」





「楽観的だな・・・。」





そう言って祐太はガクッと肩を落とした。 その後、少しして彼は部屋を出て行った。

部屋の窓から空を見上げると、そこには海と同じ青い色が広がっていた ―――。



                                                  ☆



「・・・あれ? あの人って・・・。」





海の中から上半身だけを出して上空を見上げる。 目線の遥か先にあるのは、黒い点。

パッチリしている目を細めて、よく見る。 そしてその姿の見当が付くと、海面へとその姿を踊らせた。



                                                  ☆



「兄貴ー! どこ行ったんだよー?」





そう言いながら不二の姿を探しているのは祐太。





「どこ行ったんだ? さっきまでいたのに。」





キョロキョロしながら、島の中でも岩の多い場所を歩いていた時だった。





「いたいた! 祐太君!」





不意に自分を呼ぶ声。 聞いたことのあるその声に、反射的に振り向く。

そこにいたのは、海の中から上半身を出して自分に向かって手を振る1人の少女の姿。

祐太が自分に気付いたのを確認すると、彼女は滑るように水面を移動して彼の近くまで来た。

そして腕の力で自分の体を水面から上げ、傍にあった小ぶりな大きさの岩に腰掛けた。





「久しぶりね。」





そう言う彼女の腰から下には、人間の足は存在しない。 あるのは、綺麗な魚の尾のようなもの。

彼女の名は『橘杏』。 マーメイドだ。 そして、イル・フルーエンスを治める橘の妹でもある。

何故明らかに種族の違う彼女と橘が兄弟かは今は置いておくとして、2人は話始めた。





「ああ、久しぶりだな。 ところで、今日は何だ?

 あいつの所に来たんじゃなかったのか?」





「本当の目的はあの子に会いにだけど、ちょっと気になるものをここに来るまでに見ちゃって。

 ・・・誰かはちょっと分からなかったけど、セイレーンが1人飛んで行ったわよ。

 この島って勝手に出ちゃいけないんじゃなかったっけ?」





杏のその言葉に、祐太は溜め息をつく。

その意味が分からずに杏は首を傾げる。 と、顔を上げて祐太は言った。





「・・・それ、絶対兄貴だ。」





「えっ? 不二君って、確か声出なくなっちゃってるんじゃないの?

 そんな状態で出るなんて・・・。 しかも勝手に。 いいの?」





「よくねーよ。 俺も今探してたんだ。

 声はもう問題ねえ。 完全に治った。

 あー! 長に怒られる。 兄貴はすぐどっか行くからちゃんと見張ってろって言われたのに!」





頭を抱えて唸る祐太。 その彼に杏は同情する。





「どうする? 私も一緒に探そうか?」





「いや、俺だけでいいよ。 あんたに迷惑かけるわけにはいかないし。

 それに、行き先は大体分かってる。 教えてくれてありがとな。」





「いえいえ。 早く見つかるといいね。

 じゃあ私はあそこに行くから。 またね!」





そう言うと杏は岩から飛び降り、海の中へと消えた。

祐太は1回溜め息をつく。 と、次の瞬間背に紫色のバラの翼が出現した。

それを羽ばたかせて、彼は綺麗に晴れ渡っている大空に飛び立った。



                                                ☆



「・・・少し、寒くなってきたかな?」





美しい百合の翼をはためかせて、空を駆けるのは不二。

彼の眼下には今、色とりどりの花が咲き乱れている。 しかしその中に時折見える白い雪。

咲き誇る花達の中で、それは異質なもののように見える。 だが、これはこの場では当たり前の光景。

もう少し先に進めば、辺り一面雪景色となる。 ここは、そういう場所。

そしてここには、『氷の魔女』と呼ばれる観月はじめが住んでいる。

不二はここに、はじめに会うために来たのだった。





「もう少し上かな? いつも来てもらってたから、どこにいるかよく分かんないや。

 もっと寒くなって来るとさすがにちょっと厳しいけど、頑張って行こう。

 観月もいつも辛いのに来てくれてたし。」





そう独り言を言いながら、更に先へ進む。

全身に感じる風が、段々冷たくなってきた。 自然と、身震いをする。

セイレーンは寒さに弱い。 それは、花が寒さに弱く冬に咲かないのと同じだ。

そして環境の変化にも敏感で、耐性も低い。 そのため、彼等一族は海の中の孤立した島に住んでいるのだった。





「まさか寒いのがこんなにも辛いなんて・・・。

 まあ、レスラウドとサンレットしか行ったことないからしょうがないかもしれないけど。

 観月と会えたのもほとんど偶然だし。」





不二の独り言は続く。

その間にも、周囲の風景はどんどん変化していっていた。

眼下にあった緑色の草や色とりどりの花々は、もうほとんど見ることは出来ない。

あるのは、白い雪に覆われた大地のみ。

あまりの寒さに、かじかんだ手を擦り合わせて暖めようとしたその時だった。





「・・・ほう、これは珍しい。」





そう言う声がしたかと思った瞬間、殺気を感じ反射的に身を翻す。

今さっきまでいた場所を、氷の刃が切り裂いていた。

もう少し避けるのが遅かったのなら、切り裂かれていただろう。

驚きの篭った目で、不二は眼下を見下ろす。 そこにいたのは、3人の女。

しかしそれはどう見ても人間ではない。 真っ白すぎて、もはや青白くなっている肌に水色の髪。

その中で目だけは真紅に輝き、禍々しい光を放っていた。





「君達は・・・?」





地上擦れ擦れまで降りて来た不二は、戸惑いながらそう問う。

それに1人のリーダー格と思しき女が答える。





「我等はこのスピリローズに住みし、気高き氷の妖精よ。

 お主、セイレーンであろう? 我等はお主に用があってな。」





「・・・一体何?」





不二がそう言うと、女は口元を歪めて嗤った。





「死んでもらう。」





そう女が言った瞬間、両脇に控えるように立っていた2人がそれぞれ片手を上げた。

そして次の瞬間、幾つもの鋭い氷の破片が不二目掛けて襲い掛かった―――。



                                               ☆



「・・・この感じは・・・まさか?」





とてつもなく雪が降り積もっている、頂上に近い場所。 一面白に覆われた、美しい所。

そこに、はじめは1人佇んでいた。 辺りに生き物の気配は感じられない。

それもそうだろう。 この地の気温は、優にマイナスを切っている。

しかしはじめにとっては、これぐらいが丁度いいのだった。

彼は『氷の魔女』。 雪を、氷を、冷気を自在に操る妖。





「何でここに?! とにかく、行かなくては・・・!」





静かに空を眺めていた時に気付いた、自分がよく知っている気配。

しかしその人物は、決してこの地にいてはいけない。 長く居れば、命に関わる。

そしてもう1つ気付いたこと。

他の気配がまた近づいていたのだった。 それは、歓迎すべきではない者達。

そう感じ取った途端、はじめは身を翻した。 次の瞬間、周囲の空気よりも更に冷たい風が吹いた。

雪を巻き上げ、渦を巻くその風は、少しして消えた。

そして、その場からはじめの姿も完全に消え去っていた―――。



                                               ☆



「寒い! 何て寒さなんだよ、ココ。

 こんなとこにずっといたら、全身が凍りついちまう。」





ガタガタと震えながらも、背の翼を羽ばたかせる。

雪こそ降ってはいないが、それでも辛い。

愚痴を溢しながら空を飛ぶのは、祐太。 その表情には、疲れが色濃く浮き出ている。 それもそうだろう。

兄を探して、彼はかなり距離の離れたレスラウドからサンレットを経由して休まずにここまで飛んで来たのだから。





「くっそ。 兄貴の奴、どこにいるんだよ?!

 こんなトコにずっといたら、本当に死んじまうぞ!」





辺りは既に、一面雪に覆われている。 生き物の気配は無し。

と、その時。





「何だ? この感じ。 ・・・まさか、兄貴か?!」





不意に感じ取った気配。 それに強い不安を覚えた祐太。

しかしそれを振り切るように、翼を強くはばたかせる。 体は加速し、空を駆ける。

ひたすらに祈る。 この気配が、兄ではないことを・・・。



                                                ☆



「くっ・・・!」





軽く呻きながらも、体を反転させて攻撃を逃れる。

そのまま上空に飛び上がろうとするが、させまいとすかさず次の攻撃が襲ってくる。





「いつっ!」






完全に避け切れなかった氷の刃が、不二の右頬を裂いた。

つうっと流れ出す血。 色白の不二の顔に、それはよく映えた。

それを見て、妖精はくつくつを不気味な笑みを溢す。





「美しい。 その美しさ、嫉妬してしまいそうだ。

 だが、それも直ぐに我等のものとなる。 セイレーンの血、美しさをもたらすもの。

 益々欲しくなったぞ。 さあ、そろそろお遊びも終わりだ。 ・・・死ね。」





そう妖精が言った瞬間、今までより遥かに多い氷の刃が不二に襲い掛かった。

戦う力を持つ者になら、難無く止めることが出来るくらいだが、不二にとってはそうではない。

戦う術を持たない彼にとって、それは脅威だ。

迫り来る刃にもうダメだと思ったその時!





キインッッッ





不意に響き渡った何かを弾く音。 恐る恐る瞑っていた目を開けると、そこには・・・。





「祐太?!」





そこにいたのは、レスラウドに置いて来たはずの祐太だった。

セイレーンの一族の中でも、数少ない戦闘能力を持つ彼。

銀に輝く剣を構えた祐太は氷の刃を全て叩き落し、不二を守るように立っていた。





「・・・言い訳は聞かねーからな。 とにかく、今はここを何とかするしかない。

 兄貴、下がってろ。 ここは俺はなんとかするから。」





祐太のその言葉に、彼を止めようとしたがぐっと堪える。

自分のためにここまで来て、更には守ると言った彼。 邪魔にならないように、少し後ろに下がる。

それを気配で確認すると、祐太は再度剣を構えた。 しかしそれに対しても、妖精達は笑みを浮かべたままだ。

しばしの静寂が流れた。 だが、それを破って妖精がいくつもの刃を放つ。

それを防ごうと、祐太が剣を動かそうとしたその時だった。





ゴオッッ





突如強烈な風が吹いた。 冷気の塊のようなそれに、妖精の放った刃は全て弾き飛ばされた。

目を見開いて唖然とする両者。 その中、段々と風が収まっていく。

そこから現れたのは、全身に冷気を纏い氷のように冷たい瞳をしたはじめだった。





「・・・ここで何をやっているのですか?」





妖精達を見つめ、そう声を発する。 その言葉には、暖かさの欠片もない。

あまりの冷たさに、妖精達は思わず生唾を飲み込んだ。





「わっ、我等は・・・。」





「去りなさい。 今、すぐ。 そして二度と彼等の前に現れるな。

 そうするのなら、この場は見逃してさしあげましょう。 しかしそうしないのなら・・・。」





はじめの目に、力が篭る。それに合わせるように、周囲の温度が更に下がった。

満ちている力の強さに、たじろぐ妖精達。 後ずさりしながら、震える声で言う。





「おっ、仰せのままに。 あなた様のお知り合いだとは知らずに、無礼なことを。

 お許しをっ・・・!」





そう言った瞬間、妖精達の姿は瞬く間に消え去った。

後に残ったのは、不二と祐太。 そしてはじめの3人だった。

妖精達が消えると、はじめはその身に纏っていた氷のような気配を消した。

そして、怒りの篭った声で言う。





「何でここに来たんですか?! あなたにとってここがどれほど危険か、分かっているでしょう?!」





「ごめん・・・。 でも、どうしても僕から君の所に来たくて。

 迷惑かけちゃったし、そのお礼も・・・。」





「そんなこと気にしなくていいんです! とにかく、ここから出ましょう。

 祐太君もかなりキツイでしょうし。」





その言葉に、2人は頷いた。

そしてその場を離れるべく、すぐに移動した。



                                              ☆



「だから、気にしなくていいんです。」





あの後、雪の積もる場所から移動した3人は緑に溢れる山の中腹にいた。

ここの気温は、同じ山だというのに別の場所と思うくらい暖かかった。

そのため、寒さで顔色の悪くなっていた2人も元に戻った。





「でも、いつも僕の所まで来てもらってるし。

 君には迷惑ばかりかけてるから、せめて今回くらいはって思って・・・。」





「だから、僕はいいんですって。 サンレットくらいならまったく苦じゃありませんから。

 そんなに柔じゃない。

 君は自分の体のことをもっと気遣うべきです。 デリケートなんですから。

 己のことを知るのも、大切だと思いますよ。」





はじめのその言葉に、祐太もそうだと言わんばかりに頷いた。

反省したという顔をしている不二に、今まで少しキツイ表情をしていたはじめはそれを崩した。





「しかし、来てくれたのは嬉しかったですよ。 ありがとうございました。

 でも今度からは止めて下さいね。」





柔らかく笑う彼等。

暖かな、春の匂いを感じさせる風が緑の山を吹きぬけた ―――。









【あとがき】

アンケートで頂いたネタ、第二弾です! 今回は『ROT』の後の不二達の話でした。

いかがでしたでしょうか? この話でまた色々ネタを入れてみました。

杏ちゃん初登場です♪ でも橘さんと違ってマーメイド。 そして他の人達の影もちらほら。

そこら辺はまた別の話で書きたいと思っています。 多分メインではないでしょうが(汗)

はじめも実は偉いってか力を持ってる人なんです。 でもここの設定はまだ不十分なんで、出てくるのは先か。

さて、アンケートにご協力して下さった方、ありがとうございました!

話に関するご意見やご感想など、お待ちしています♪

あとここで予告を。

Peacemeker の次回は同じくネタを頂いたものです。

Side : O として書かせて頂く予定です。 では、また次回。






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