Purify flower





「・・・あと、少しかな。」





そう呟くのは不二。 彼の目の前には、一輪の百合の花。

天井の隙間から差し込む光が、それに当たっている。 ふわふわと、宙に浮かぶそれ。

その花は、彼の背にあるものと同じ形をしている。





「あとはこれに力を込めるだけだ。」





ふわりと背の翼をはためかせる。

それに呼応するように、周囲に穏やかな風が吹いた―――。



                                          ☆



―――ノクターンに行きたい。





そのメッセージが届いたのが、今から数日前。 さすがにこの前のことを気にしているのだろう。

1人だけでサンレットを離れることはしなかった。

セイレーンの一族はその美しい生花の翼を狙われ、かなり数が減ってしまっている。

そして前回のことでもあったように、今でも狙う者は多い。

そのためはじめが相当心配してしまい、どこかへ行きたいのなら自分を呼ぶようにと強く言っていたのだ。





「それにしてもノクターンですか。 確かあの店はレイニックシティにあったはず。

 そこまで距離が離れているわけではないといっても、少々心配ですね。」





そう独り言を言いながら砂浜を歩くのは、はじめ。

すぐにでも来ようと思っていたのだが、ここ数日のサンレットは気温が高くて無理だったのだ。

一応はじめは氷の魔女。 暑さが原因で命を落としたりといったようなことはないが、それでも苦手だった。

現に、スピリローズの彼がいつもいる辺りは気温がマイナスだ。

とりあえず数日経った今日はどうやら気温も落ち着いたよう。 そのため彼はやって来たのだ。





「不二君、いますか?」





そう言いながら花の檻の中へと入って行く。 奥に進んで行くと、不二が光の中佇んでいた。

はじめの声で初めて彼が来たのに気付いたのか、不二は少し驚いたように振り向いた。





「観月! 来てくれたんだ。 ありがとう。」





「いえいえ。 どこか行きたいのなら呼んでくれと言ったのは僕ですからね。

 それで、一体何をしていたのですか?」





「ああ。 これを作っていたんだ。 彼等にお礼しなきゃって思って。

 これなら便利でよくない?」





不二がそう言ってはじめに見せてくれたのは、一輪の百合の花。

それは彼の背の翼と同じ形をしていたが、雰囲気が違った。 とても、清浄なもの。





「『浄化の花』ですか。 確かにこれは便利ですね。 それに普通では絶対手に入りませんし。」





「でしょ? これを届けに行きたいんだ。」





微笑みを浮かべながら、不二は言う。

『浄化の花』。 それは、セイレーンの一族のみが作ることの出来る特殊なもの。

自身の翼である花を一輪抜き、それを陽の光に当て清浄な水に漬ける。 それをそれぞれ1ヶ月繰り返す。

そして最後の仕上げとして、それに自身の力を込めて完成だ。

この花は、その名の通り周囲の空気を浄化することが出来る。 さながら空気清浄機のようなものだ。

しかしその威力は強い。 これを持っていれば、通常は入ることの出来ない強い毒素のある場所でも行ける。

例えば、毒霧の沼のような場所も、何のダメージを受けることがない。

そのため、これも彼等の一族が狙われる原因の1つになっている。





「分かりました。 では、なるべく早く行ったほうがいいでしょう。 夜になると危険も増しますしね。

 しかし、僕が空を飛べないのが痛いですね。」





「それはしょうがないよ。 でも、僕は飛べても戦えないけどね。 お互い様だよ。

 じゃあ、行こう。」





そう言葉を交わして、2人は花の檻を出る。

ノクターンのある町、レイニックシティへと向かうために―――。



                                             ☆



「・・・何だ? この妙な気配は・・・?」





訝しげに思い、空を見上げる。 そこには、いつもと変わらぬ青い空。

しかし、何かが違う。 自分にしか感じないもの。 少しの間目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。 と・・・。





「!! まさか?! あそこで何かあったのか?!」





突然目を見開く。 そこには、驚愕の色が浮かんでいる。





「とにかく急いで戻らねーと!」





そう言うと、その場に熱い風が吹く。 灼熱の温度のそれは、すぐにその場から消える。

熱を帯びた風はどこかへと向かう。 その場所は、まだ分からない―――。



                                               ☆





「やはり、空を飛ぶというのは気持ちいいものですね。

 風がなんとも心地いい。」





不二の両手に掴まり、空を飛ぶはじめ。 自分で空を飛べない彼は、こうして空を飛ぶことをとても好んだ。

穏やかな風が頬を撫でる。 嬉しそうなはじめに、不二がくすりと笑った。





「観月は本当に風が好きだね。」





「ええ。 スピリローズは雪山で、吹く風は常に極寒ですから。

 こういう暖かい風は本当に心地いい。 これくらいだったら僕でも平気ですしね。」





こう会話をしながら2人は更に飛ぶ。 目指すレイニックシティはあと少しだ。

まだ先ではあるが、都市の影が見え初めてきていた。 と、その時!





「不二君!!」





いきなり大声を上げたはじめ。 彼が言うのと同時に、不二も気付き一気に上昇する。

その途端、彼が今さっきまでいた場所を炎の塊が襲う。 間一髪、避けることが出来た。





「観月、あれって・・・。」





「あの容姿、多分妖精ですね。 今度は火ですか。 最近はどうも妖精に縁があってしょうがない。

 ・・・全部で5人ですか。 僕とは相性が悪いですがしょうがありません。 不二君、僕を降ろして下さい。

 このままレイニックシティに向かうという選択肢もあります。

 しかしそれでは後を追ってくるだろう奴等のせいで、ノクターンの皆さんに迷惑がかかりかねません。」





「でも、それじゃあ観月が危険じゃないか!」





心配に顔を歪ませる不二。 それに、はじめは微笑んだ。





「安心して下さい。 貴方は僕の力を知っているでしょう?

 あんな低レベルの者達にやられるほど、僕は弱くはありません。 仮にも、スピリローズを治めているくらいなんですし。

 だから、僕を信用して下さい。」





はじめのその言葉に、心配そうな顔をしながらも不二は頷いた そして・・・。





「じゃあ、僕は君の邪魔にならないように上で待機してるから。 でも観月、これだけは覚えてて。

 君が本当に危なくなった時、僕は必ず助けに行くから。」





そう言って、不二ははじめの手を離した。 はじめの体は地面に向かって落ちていく。

ストン。

という軽い音を立てて、はじめは地に降り立った。





「用があるのは貴様じゃねーんだよ。 あのセイレーン、俺等に渡してもらおうか。」





妖精の1人がそう言う。 彼等の容姿に、はじめは思わず眉を顰めた。

パッと見ただけでも汚いと思われる衣服を身に纏い、ふらふらとしている。

しかしその目だけは欲望に塗れ、ギラギラと禍々しく輝いていた。





「それは出来ない話です。

 ・・・貴方達の相手、この僕がさせて頂きます。 彼が欲しいのなら、この僕を倒すことですね!!」





そう言うが早いか、はじめは右手をバッと薙ぎ払った。

その動きに合わせて、凍えるような冷気が妖精に襲い掛かる。

通常の妖であれば、一撃で倒してしまうほど強力な攻撃。 しかし今は状況が悪かった。





「それぐらいのものが効くと思うな!!」





5人いた妖精から一斉に放たれる炎が、はじめの放った冷気を消し去る。

しかしそれは既に予想済みだったのか、素早く場を移動する。 それに気付いた妖精達も、バラバラに散る。





(まとめて片付けるには少々部が悪すぎる。

 ・・・1人ずつ確実に仕留めましょうか。)





そう決めたはじめは、まずはこいつと1番近くにいた者に狙いを定める。

他の妖精の放つ炎をたくみに交わしながら、一気に駆け寄る。 そして。





「凍りつけ。」





その声を聞いただけで、誰もが身震いをするほど冷徹な口調ではじめは言い放った。

言葉と同時に、彼は左手を妖精の顔に突きつける。 次の瞬間。

何も触れてはいないのに、妖精が一瞬で凍りついたのだ。 その体を覆っていた炎を全て封じ込めて。

凍りついた妖精に、はじめは何のためらいもなく拳を叩き付けた。 その衝撃で、妖精の体は粉々に砕け散った。

地面にパラパラと落ちた妖精の破片が、日の光に当たってキラキラと不釣合いに輝く。





「まずは1人・・・。」





そう呟き、はじめは残りの妖精達のほうを向く。

はじめの顔を見た妖精達は一瞬たじろぐ。 それもそうだろう。

いつもは黒に近いはじめの目が、今は透き通るほど青くなっていたのだから。





「・・・氷の魔女・・・。」





1人の妖精が呟いた。

と、その時だった。 一瞬のうちに、今さっきまで彼等の前にいたはじめの姿が突如として消えうせた。

突然のことに、一瞬うろたえる妖精。 次の瞬間だった。





「ぐああっ!」





「ぎゃあっ!!」





2人の妖精が、突如叫び声を上げて倒れこんだ。 咄嗟に反応し、後ろを振り返る。

するとそこには、妖精の血で赤く濡れた氷の剣を携えたはじめが静かに立っていた。





「そろそろ諦めたらどうですか? 貴方達は僕には勝てない。

 命を無駄に散らせることもないでしょう?」





しかし彼のその言葉から返ってきたものは、妖精達の高笑いだった。





「はははははっ!! 貴様、本当に自分のほうが上だと思っているのか?

 まったく、過信もいいところだな。 それが自分の敗北になることを、身を持って知るがいい!!」





次の瞬間だった。 2人の妖精が取った行動は、はじめが予想すらしていなかったものだった。





「貴様の負けだ!!」





2人の妖精が取った行動、それは・・・。





「不二君!!」





それは、上空に避難していた不二に攻撃をしかけるというものだった。

放たれた炎の塊が、いくつも不二目掛けて襲い掛かる。





「!!!」





咄嗟のことに、反応が遅れる不二。





(ダメだ! 避けきれない!!)





そう思い、諦めかけたその時だった!





ゴオッッッ!!!





突如不二の前に出現した、炎の盾。 それは彼を敵の炎から守ってくれた。

突然のことに、驚いたのは不二だけではなかった。 はじめも妖精も、目を見開いている。





「まったく。 危なかったな。」





そう言いながらこちらに向かって歩いてきたのは・・・。





「赤澤!!」





そうはじめが声を上げる。 どうやら知り合いのようだ。

色黒の肌に、少し長めの髪を風にたゆたせばがら、彼は歩いて来る。





「ちっ、邪魔が入ったか。 だが、貴様も共に殺してやるっ!!」





そう言うが早いか、妖精達は巨大な炎を出現させてあかざわと呼ばれた男に向かって放つ。





「ふん。 こんなちんけな炎で、この俺を倒せるなんて本当に思ってんのか?

 だとしたら、相当なバカだな。」





そう言うのと同時に、赤澤の周囲から放たれた炎。 それは巨大な渦となって妖精達に襲い掛かった。

あまりの激しさに、身を守ることしか出来ない妖精達。 しかし、ダメージはそれほど受けてはいないようだった。

それもそうだろう。 属性が同じなのだから。

少しして収まってきた炎から飛び出し、今度こそと構えようとする。 しかし。





「甘いですね。 僕のことを忘れないで下さい。」





そうはじめの言葉が、耳元で聞こえたと認識する間もなく、2人の妖精の首筋を凍えるような痛みが襲った。

痛みの中で何が起こったのかも分からずに、2人は妖精は絶命した・・・。



                                            ☆



「ありがとうございました。 お陰で助かりました。」





そうお礼を言うはじめの横に、不二は立っていた。 彼等のまえには、赤澤。

あの後、はじめは不二に彼を紹介してくれた。

―――赤澤吉郎。 『アシュニック』と呼ばれる火山地帯に住む妖。 その名は『サラマンダー』。

炎を操る精霊として、実はかなり有名な人物だった。

しかし、サラマンダーという名は知られていても、赤澤という名は以外と知られていない。

その理由は、彼がアシュニックからほとんど出ることがなかったかららしい。

何はともあれ、彼のお陰でこの場を切り抜けることが出来たのであった。





「礼なんていいさ。 俺もたまたまここを通りかかった所だからさ。」





「ところで、何でここを通りかかったんです? あなたが山から出るのなんて珍しい。」





「いや、ちょっと『カルティクト』のほうで気になる気配を感じてな。

 心配になって見に行く所なんだ。」





「カルティクトですか。 なら、僕も気になりますね。 あそこには何人かいますし。」





「だろ? だけどお前はこいつと一緒にどこかへ行く途中なんだろ?

 あそこには俺が様子を見に行ってくるから、お前は早く連れてってやれよ。

 セイレーンはどこの連中も狙ってる。 また別の奴等が来る前にな。」





赤澤のその言葉に、はじめは頷いた。





「分かりました。 そちらは任せますね。 何かあったら、連絡して下さい。」





「ああ分かった。 じゃあな。」





そう言うと、赤澤はそこから立ち去って行った。

彼がいなくなると、はじめと不二もその場から離れレイニックシティへと向かった―――。



                                              ☆



「わざわざお礼に来てくれたなんて。 ありがとう。」





そう言って幸村はにこりと微笑んだ。 彼の傍には、不二の持ってきた浄化の花があった。

―――あれから2人は無事に都市へと入ることが出来た。 そして、噂を頼りになんとか店までたどり着いた。

店まではるばるやって来てくれた彼等を、オーナーである幸村は快く迎え入れてくれた。





「不二君に観月君、せっかく来てくださったんですからゆっくりしていって下さい。

 今、お茶を淹れますから。」





幸村の部屋にやって来た柳生がそう言う。





「ありがとう。 じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になるよ。」





そう返す不二。 しかしはじめは・・・。





「すいませんが、僕はっこで一足先に失礼します。 ちょっと気になることがあるもので・・・。」





「それって、さっきの赤澤って人のこと?」





不二の言葉に、柳生は頭に疑問符を浮かべる。 しかし幸村は赤澤が誰か知っているようだった。

はじめに、問いかけた。





「赤澤ってアシュニックのかい?」





「ええ、そうです。 幸村君は彼のことを知っているのですね。」





「ああ。 彼は有名だからね。 といっても、サラマンダーという名のほうが有名か。

 四大精霊の1人で、火を操る者。 彼に何かあったのかい?」





「彼に、というわけではないのですが、先ほど少々気になる話を彼から聞いたもので・・・。」





そう言ってはじめは先ほど聞いたことを話した。

はじめの話に、幸村の表情が険しくなっていく。





「・・・そういうことか。 なら、早く行ってあげたほうがいい。 

 手遅れとなってしまうかもしれないから・・・。」





幸村のその何かを揶揄するような言葉に疑問を感じたが、それよりも赤澤のことが心配だった。





「では、僕は行きます。 それで、お願いなのですが不二君をサンレットまでどなたか送って頂いてもいいですか?

 彼1人ではあまりにも危なすぎますから。」





「分かりました。 では、彼は私が責任を持って送ります。 安心して下さい。」





「ありがとうございます。 では、僕はこれで失礼します。」





そう言って、はじめは部屋から出て行った。

後には、心配そうな3人が残された・・・。



                                            ☆



「これは・・・?!」





植物は一切生えておらず、茶色の土や岩ばかりが広がる大地。

足をつく地は、熱い。 あたりの岩の隙間からは、熱い蒸気が立ち上っている。

死火山『カルティクト』。 それがこの地の名だ。

既に火山活動が停止した山だがそれでも地面は熱を持ち続け、表面に命が芽生えることはない。

そんな地に、赤澤は立っていた。





「一体、何があったんだ・・・?」





そう呟きながら、彼は歩を進める。 足元に広がるのは、死体。 死体が、いくつも転がっている。

その多くは人の形をしているが、それでも人間ではない。 すべてが、炎の力を持った妖なのだ。

赤澤を含め、炎の属性を持つ妖の多くは火山に住んでいる。

彼等の住む地の中でも大きなのが、このカルティクトとアシュニックだった。

死体の中を、赤澤は歩く。 そして・・・。





「!! お前等!!」





不意に見つけた見知った人影。 その元に、赤澤は駆け寄る。





「おい! 目を開けろ!! 柳沢!!」





そう怒鳴りながら、体を揺さぶる。 すると、うっすらと彼は目を開けた。





「・・・赤澤・・・?」





「そうだ、俺だ! 一体何があったんだ?! それに、残りの奴等は・・・?」





「・・・突然、何かに襲われたんだーね・・・。 何かを確認する間もなかった・・・。

 そいつらの奇襲で、ほとんどやられた。 野村と、金田も多分・・・。」





そう言いながら、柳沢の目からは一筋の涙が流れた。 そしてそのまま、彼は意識を再び失った。





「一体・・・何が・・・?」





「赤澤!!」





その時だった、息を切らしながらやって来たのははじめ。 元々熱に弱いはじめ。

しかし、結界を張ることでなんとかやって来ていた。





「柳沢?! 一体何があったというんです?!」





「・・・俺にもそれは分からねえ。 とにかく今は、柳沢をどこか安全な場所につれてってやらねーと。

 だが、野村と金田の安否も心配だ。」





「なら、柳沢は僕が連れて行きます。 ここに僕は長居出来ませんから。

 ひとまず、スピリローズへと行きます。 あそこは僕の地です。 いくらでも匿うことが出来ますから。」





「ああ分かった。 頼む。」





そう赤澤が言うと、はじめは頷き柳沢を抱え上げた。 そして一陣の冷たい風と共にその姿を消した。





「一体、何が起こったっていうんだ・・・?」





苦虫を噛み潰したような表情をした赤澤は、1人その場に立ち尽くす。

一体何が起こったのか、それを知る者はまだいない―――。









【あとがき】

・・・あれ? 何かいつの間にか不二がお礼に行くっていうのが、薄くなってしまっているような(汗)

かなり久しぶりの更新です。 大変お待たせしました!

さて、今回は新しい人達が登場です! ルドルフの他のメンバーが!

と、いってもまだかなり謎に包まれてはいますが(汗) これからそれを少しずつ明かしていけたらな、と思います。

次回更新がいつになるかは分かりませんが、楽しみに待っていただけたら幸いです♪



07.12.14









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