Red Rose  前編





「…あの人の様子は、変わりないですか?」





「大丈夫だ。 心配する必要なんてないさ。」





花に満ち溢れた、場所。 あまりにも澄み切った空気の流れるそこに、2つの人影。





「ならいいんですが…。 不安でしょうがないんです。

 あの人のことを知っているのは、私達2人と長くらいです。 他の人は皆、知りません。 それに、過去の歴史も…。

 私達の一族は、弱くなりすぎました。 数百年の時を経て。 今はイル・フルーエンスの皆さんに守ってもらわないといけないほどに。

 かつてはいた強い人達も、狩られていなくなった。 戦う力を持たなくなった私達は、逃げるしか出来なくなった。

 でもたった1人だけ、あの人がいる。 でも、それはもう無理でしょうね。

 過去の自分そのものを失ってしまった彼に、私達を守る力を求めるのは。 残酷すぎます。」





「…そうだな。 俺もそう思う。

 とにかく、このことは本当に誰も知らない。 あいつの、過去のことは。

 仲間達は俺が守るさ。 あいつのような力は持っていないけれど、盾になることくらいは出来る。」





1人のその言葉に、もう1人は悲しそうな表情をする。





「そんなこと言わないで下さい。 誰がいなくなろうと、私は悲しいです。

 誰かが悲しむのなんて、もう見たくはありません。 それを見るくらいならば、私も戦いましょう。

 例えこの命が消え去ろうとも。」





静かな部屋の中に、凛とした決意が響き渡った―――



                                            ☆



「赤澤、何か分かりましたか?」





そう尋ねるのははじめ。 彼の前には、、赤澤の姿。

はじめがそう問うと、赤澤は静かに首を横に振った。





「いや…。 俺の調べた限りじゃ何も分からなかった。 カルティクトにも行ってみたんだが、何も。

 あいつらの姿すら、見つけることは出来なかった…。」





落胆した表情。 はじめも、眉尻を下げる。





「そうですか…。 僕もいろいろ調べてみたんですが、やはり個人としての情報では無理がありますね。

 …頼りますか? 彼等を。」





「そうするのがいいかもしれねえ。 あの店の連中なら、もしかしたら何か掴んでるかもしれねーからな。

 ここまで妖が滅んでいくなんて、異常としかいいようがねえ。 ぜってえ何か裏がある。」





「ですね。 僕も何かあるのではと思っていたのですが…。

 エスピオーグの方達の所へと行きましょう。 少しでも変えるために。」





はじめの言葉に、赤澤も頷く。





「そうしよう。 …ところで観月、柳沢の様子はどうだ?」





「…怪我もそうですが、やはり精神的ショックが強かったみたいです。 それもそうですよね。

 仲間達を次々に殺されていったんですから…。 今はここの山頂に程近い場所にいます。

 僕には傷を治す力はありません。 ですから、氷壁の中に封印しました。」





聞きなれない言葉に、赤澤は訝しげな表情をする。

更には封印という言葉。 はじめは柳沢に一体何をしたというのだろうか?

そんな彼の表情の変化に気付いたのか、はじめは説明をする。





「この山頂に近い所にある氷壁は、時の干渉を受けません。 入れば、外界と断絶できます。

 しかし肉体はそのままではなく、傷を徐々に癒していくんです。

 完全に治すには、傷の具合にもよりますが相当な時間がかかります。 柳沢は、どのくらいかかるか…。

 …実は彼の前に僕は1人、その氷壁の中に封印しているんです。 もう数百年も前になるんですが。

 相当深い傷でしたが、多分そろそろ治癒するのではないかと思います。」





「そうだったのか。 これで柳沢は問題ないな。 いつ治るのか分からないのは厄介だが。

 ところで、その封印したもう1人のって一体どんな奴なんだ?」





「種族は分かりません。 ですが、妖であることは間違いないです。

 赤い外はねの髪が特徴的でした。 あと、強い意思を秘めた大きな瞳も。

 …頬に何か傷があるのかは分かりませんが、何か貼ってましたね。 特徴としてはそれくらいです。

 …あっ!」





「どうした?」





「紅い…薔薇。」





はじめの言葉に、赤澤に更なるクエスチョンマーク。

それに気付き、はじめは補足する。





「彼を封印してから気づいたことなんですが、紅い薔薇の花びらが付着していました。

 それが何を意味するのかは分かりませんが…。

 あと、何のことか分かりませんでしたが、『風を操る白い百合が…。』と言ってた気が…。」





はじめの白い百合という単語に、赤澤はまさかと思う。 そして風を操るというのにも。

紅い薔薇と白い百合。 対照的な色の、2つの花。 そして妖。

これから連想出来る一族が1つだけ、赤澤はあった。 しかし、まさかと思う。

そんなことがあるはずがないと。 あの一族にそんな力があるなんて考えられない。

頭に浮かんだ考えを捨て去る。 ありえないことだと。





「分かった。 とにかく、エスピオーグへと向かうとしよう。

 ひとまず情報を得るのが先決だ。」





その言葉に頷き、2人はその場を去って行った。

向かうは、ティアーズシティにある店、エスピオーグ。



                                            ☆



ジュジュジュ

音を立てながら徐々に解けていくのは、分厚い氷。 白い蒸気を上げて、少しずつ。

少しずつ解けてゆく。

解けていくにつれて、霜に覆われた表面が透けていく。 段々と透明さを増してゆく氷。

そして見えてきたのは、人。 紅い外はねの髪をした男が、氷の中にいる。

そうしている間にも、氷は休むことなく解け続ける。 どんどんと薄くなっていき、パリパリとヒビが。

ヒビは壁全体に入る。 この状態で、氷の壁は一旦沈黙する。 だが、次の瞬間だった。

パリインッッッ

中の男が目を開けた瞬間、入っていた亀裂が一気に弾けた。





「うーん。 かなり長いこと寝ちゃったみたい。」





氷の中から姿を現した男。

そう独り言を言いながら、うーんと伸びをする。





「傷も完璧に治ってる。 あの人のお陰かな。 あの人いなかったら、俺死んでたよ。

 さて、と。 とりあえず状況の確認でもしに行こう。 あの人にもお礼言いたいし。

 あとは…探さなきゃ…。」





男の顔が曇る。 それはまるで何かを否定したいかのような表情。

だが、それを首を横に振ることで振り払う。





「マイナス思考になるなんて、俺らしくなんかないね。

 プラス思考、プラス思考。 よし! いっちょ行きますか!」





男は歩き出す。 彼を追うように、風が吹く。

そしてそれに混じって、本来ならばここにあるはずのない紅い薔薇の花がふわりと舞った―――



                                               ☆



「? 何だろ?」





花の檻の中、いつものように静かな時を過ごしていた不二。

最近は何かあったのか、はじめがあまり来ない。 それに不安を感じつつも、彼には待つしか出来なかった。

そんな時だった。 異変に気付いた不二。

この中には、花が咲き乱れている。 何種類もの花。 その中に当然のようにある、薔薇の花。

赤い薔薇は、セイレーンの中では火の役割を担っていた。 彼等は自然と共に生きている。

そのため、人工的なものをあまり好んで使うことはない。 特に、全てを燃やし尽くす火は。

だが、火は最低限必要なものでもあった。 だから彼等は赤い薔薇から火の力を引き出すのだ。





「薔薇が、光ってる…?」





この時不二が気付いた異変。 それは、ここにある赤い薔薇が淡く光を放っているのだ。

まるで、内に秘めている力が滲み出ているかのように。





「何でこんなことが?」





不審に思いつつも、不二は薔薇に手を伸ばす。

だが、その指先が触れた瞬間だった。





「うっ…!!!」





『不二。』





『不二!』





突如として頭の中に響いてきたのは、男の声。 知らないはずだ。 この声など。

だが、どこか懐かしい声だった。 どこか安心する声だった。





『不二。 俺は、絶対に…。』





ふっと浮かんだ、何かの情景。 どこかの丘の上。 緑の木々の中、草の上に寝そべる。

横には誰か。 その誰かが上半身を起こし、横に寝そべっている不二に何かを言う。

顔を向けるが、逆光で影になってしまっていて相手の顔は見ることが出来ない。





『俺達は―――。』





その瞬間、情景がバッと消えた。





「今のは一体何だったんだ…?」





頭を抑え、呻く不二。

何がなんだか分からなかった。 突如浮かんだそれに、戸惑うしかない。

全く記憶には無かった。 だが、心が告げている。

自分はその人物のことを知っている、と。

頭が痛い、ガンガンとまるで鈍器で殴られたかのように。 何かが溢れだしてきそうだった。

いけない、ダメだ。 『これ』を、呼び起こしてはいけない。

ガクッと地面に膝を付く。 自分の中で、何かが暴れまわっている。 表に出てこようと。





「もう、あんな思いは…。」





自分でも何を言っているのか、理解出来なかった。 ただ、口から発せられたのは心からの吐露。

何のことかは自分でも分からない。 だけど、どうしてもダメだと思った。

頭痛がどんどん酷くなる。 体から力が抜けていく。 視界が暗転する。





『不二、俺達はいつまでも―――。』





紅い薔薇が、闇の中を静かに舞い落ちた―――









【あとがき】

また1話で終わらなかったー(汗)

さて、アンケートで頂き宣言した通り、セイレーンの物語となります。

ですが最初から訳わかんない展開になっとります。 前にちろっと出て来た赤澤さんも出演ですし。

ついでに新キャラ登場☆

これで、やっとこれも終焉へと向けて駆け出していけそうです。



08.5.28










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