Red Rose  後編





「不二君!!」





階段を駆け上がりながら聞こえた、争う音。 バクバクと脈打つ心臓を押さえながら、足を進める。

頭をよぎるのは、不二の無事。 見えてきた出口。 そこから飛び出した時、視界に入ってきたのは―――



                                               ☆



『不二っ。 俺達、ずっと一緒だかんな。』





明るい笑顔。 温かい笑顔。

共にいるだけで本当に心地よかった、もの。





『約束しよ。 ずっと、ずっと一緒にいるって。』





そう言って差し出された手。 彼の小指に、自分の小指を絡ませる。





『指切りげんまん!』





穏やかな風が頬を撫でた。 彼の笑顔には劣るけれど、温かな日差しが照らす。

争いの欠片もないこの場所で、交わされた約束。 果たされなかった、約束―――



                                                ☆



「なっ…?!」





屋上に出たはじめの視界に入ってきたのは、争いの光景。

氷の妖精であろう女達と争う、見たこともない翼を持った男。 炎と氷が、上空でせめぎ合う。

だが、それよりも…。





「不二君!」





視界に入ってきたのは、地面に膝をつく不二の姿。 慌てて駆け寄る。





「不二君! しっかりして下さい!」





肩を揺すりながら、呼びかける。 だが、それに反応はない。

脱力しきった腕。 大きく見開かれた目。 瞬きすることのないそれは、先の光景をその虹彩へと映す。

それは、眼前で起こっている争い。 まるで凝視するかのようにしているが、思考はどこかへいってしまっているかのよう。





「一体何が…?」





はじめには全く状況が理解出来ない。 だが、それでもたった1つだけ分かることがあった。





「あの彼、あの時の…。 傷が癒えたのか? だけど、それにしても何でここに…?」





はじめの脳裏に、過去の情景が浮かび上がる。

血まみれの男。 雪の上に散るは、血と、血よりも鮮やかな紅い花びら。

力の入らない体を引きずりながらも、命が尽きかけようとしていても、決して色あせることのない瞳。

力強いそれが、酷く印象的だった。

傍に寄った彼の口から発せられたのは、復讐を誓う言葉。

その意志の強さに、感じた。 彼をここで死なせてはいけないと。 そして傷が癒えるようにと、彼を封印した。

封印する時、彼の口から零れた『白い百合』という単語が気にはなったが、敢えて考えないようにしていた。

あれから数百年、傷が癒えていたとしても不思議ではない。 だが、それでもここにいる理由が見つからなかった。





「…まさか、あの時言っていた『白い百合』って…。」





その時不意に思ったこと。 『白い百合』が指すモノ。

だが、まさかとも思う。 自分の思ったことが本当だとしても、到底辻褄が合わない。

不二の体をギュッと抱きしめながら思考の渦に半ばはじめが飲み込まれていた時だった。





「ぐっ!!!」





突如聞こえたのは、薔薇の翼を持つ男の呻き声。

反射的に視線を向けると、彼の翼の片方。 その半分から先が、凍りついてしまっている。

それに、氷の妖精達は笑みを浮かべる。 それもそうだろう。 植物は寒さに弱い。

このままいけば、彼を倒すことが出来るのだから。





「このままでは…!!」





彼を助けに入らなければ、とはじめが立ち上がろうとした時だった。

不意に、男が口元に笑みを浮かべたのだ。





「まーったく、これくらいでこの俺を倒せるなんて思ったの? それだったらちょっと残念だったにゃ。

 このくらいじゃあ、俺の翼を凍りつかせることなんて出来ない。」





男がそう言った次の瞬間だった。

ゴオッッッ!!

突如その場に吹き荒れた、強烈な熱風。 だが、それだけではなかった。

彼の翼を中心に渦巻いたのは、猛烈なる炎。 想像を絶するような温度を持ったそれが、瞬時に氷を溶かす。





「なっ?!」





それに驚いたのは、はじめだけではなかった。 妖精達もまた、驚きに顔を歪ませていた。





「ざーんねん。 あんた達俺のこと嘗めすぎだって。 これくらいじゃあ…。」





男がそう勝ち誇ったかのように言った、その時だった。

妖精の顔が、ニヤリと笑みの形に歪んだ。





「ふん。 嘗めているのは貴様のほうだ!」





「!!!」





妖精のその言葉と共に、背後からした殺気。 振り向くとそこには、禍々しい冷気を放つ氷の竜。

ヤバイと、本能が告げる。 しかし、咄嗟の事態に動くことが出来ない。

竜の開かれた口から放たれた、氷の冷気。 やられる!と覚悟したその時だった。





「英二!!!」





懐かしい声が自分を呼ぶのと同時に、強烈なる風が吹き荒れた―――



                                            ☆



「あそこだ!!」





南がそう怒鳴る。 視線の先には、花々に覆われたもの。 あれが『花の檻』か、と瞬時に理解する。

その1番上。 目に入ったのは無数の氷を纏う妖精と、地面に膝をつく不二。 彼に寄り添うにいるはじめ。

そして、炎を身に纏う紅い薔薇の翼を持つ男。





「?! おい南! あいつ誰だよ?!」





「そんなの知るわけねーだろ! あんなの、俺だって始めて見た。

 紅い薔薇を羽根として持つって、セイレーンとしか考えられない。 だけど、たとえ彼がセイレーンだとしてもありえない!

 伝説に残る紅い薔薇のセイレーンは、過去既に死んでいるはずだ。」





「だったらあれは一体何者なんだよ?!」





「だから知らないって言ってるだろ! 直接確かめるしかない!」





空を駆けつつも、そう口論していたその時だった。

不意に感じた殺気。 それに慌てて目を向けると、何時の間に出現したのだろう?

冷気を身に纏う竜の姿。 その口から放たれる冷気が、男に襲い掛かる。

ヤバイ!と感じた、まさにその時だった。 2人は信じられない光景を目の当たりにした―――。



                                            ☆



『ねえ、こんな力無くていいって思ったことない?』





『え?』





『戦う力のこと。 僕達しか持ってないこの力。 これを持ってるから、僕達は戦わなきゃいけない。

 …本当は戦いたくなんかないんだ。 誰かを傷つけるなんて、もうしたくないんだ。』





『…でも、そうしなきゃ皆は誰が守るっていうの? 俺達は選ばれたんだよ。 俺達なら、きっと出来るって。

 でも、ね。 嫌ならその分は俺が戦う。 俺が頑張るから。

 だから泣かないで。 …不二。』





『…ごめん。 本当はこんなこと、言うべきじゃないって分かってるんだけどっ…!

 でも…でもっ…!!』





『…だから泣かないでってば。 ね? 頑張ろう。 平和になれば、もう戦うことなんてないから。

 俺がいっぱい頑張る。 だから不二は少しだけ、少しだけ頑張って。』





『ありがとう。 …英二。』



                                              ☆



「英二!!」





竜の攻撃が今まさに放たれようとしたのを見た、時だった。

頭の中を巡ったいくつもの記憶。 甦る過去の情景。 そして思い出す、自分の全てと目の前の彼のこと。

穴だらけだった自分の中。 その全てが、まるでパズルのピースを埋めてうくかのように塞がっていく。

そしてそれと共に、甦ってくる強い力。 感じる。 自分にある、守るための力を。

そして不二は叫んだ。 目の前にいる彼の名を。 守られるのではなく、守るために―――



                                                ☆



ゴオッツ

凄まじい音を立てて竜に襲い掛かったのは、猛烈な突風。 あまりの強さに、竜は後ろへと吹き飛ばされる。





「ふ…じ…?」





「不二…君?」





英二と呼ばれた男は空から花の檻の頂上を。 はじめは彼の傍から、それぞれ不二を見上げる。

先ほどまで虚ろな目をしてはじめに支えられていた彼の姿は、もうそこには無かった。

凛とした佇まいでそこに経つのは、今までとは雰囲気のがらっと変わった彼。

不意に、今まで下に向けられていた視線が顔を上げるのと共に上に向けられる。

そこにあった瞳は、強い、強い光を灯していた。





「…ごめんね。」





不二がまず口にしたのは、謝罪の言葉。 それに、英二は首を横に振る。





「いいよ。 不二だって、苦しかったんだもん。 俺こそ、無理矢理思い出させちゃって、ごめん。

 でも、それでもまたこうやって俺の名前を呼んでくれるだけで、すごく嬉しい。」





穏やかに笑う。

と、状況の理解出来ていないはじめの元に、これまた状況が理解出来ていない南と赤澤が、空から舞い降りた。





「一体どういうことなんだよ?!」





赤澤の戸惑った問いに、不二が困ったように微笑みながら返す。





「君達にはちゃんと話すよ。 俺達の全てを。

 だけど今は…あの人達をなんとかしなくちゃね。」





そう言うと共に、ガラリと雰囲気の変わる不二。 それは、今までの彼からは想像もつかないような姿。

あまりの変貌に、ゴクリと唾を飲み込む。





「待ってて。 直ぐに終わらせるから。 …行こうか。 英二。」





「OK!」





次の瞬間、不二の背から出現する純白の百合の翼。 それを大きく羽ばたかせて空へと舞い上がる。

そして英二と共に、妖精達に迫る。

彼等の接近に、今まで呆気に取られていた妖精達も構える。 吹き飛ばされていた竜も、いつの間にか傍に。

妖精達が幾筋もの冷気の帯を放つ。 竜も、口から迸らせる。





「英二! いくよ!!」





「まっかせて〜!」





互いにそう声を掛け合うと、英二は翼を大きく広げ右手を前に突き出した。

その瞬間、彼の翼を中心に放たれた灼熱の火炎。 渦を巻くかのように蠢くそれらは、妖精達の攻撃を難無く防ぐ。





「不二、後はよろしく!」





英二の言葉に不二は頷きながら、妖精のほうを見据え1度軽く目を閉じる。

そしてカッと見開かれた目。





「あの者達に、終焉を―――。」





その言葉と共に左手をさっと横に薙ぎ払う不二。 次の瞬間…。





「なっ?!」





「なんつー攻撃力だ…。」





「まさかこれが、不二君なのか…?」





バラバラと、跡形も無く崩れ去る妖精達。 ヒュウっと吹いた風に、残りの塵さえも吹き飛んだ。

再び静かになったそこに、不二はしばらくの間無言で立ち尽くしていた―――



                                             ☆



『菊丸英二』

彼は、そう名乗った。 そして言った。 自分も不二と同じ、セイレーンであると―――。





「俺は不二と同じセイレーンだよ。 小さい時からずっと、一緒だった。

 …確か、南って言ったよな? 君なら知ってると思う。 エスピオーグなら、ね。

 『守人』って単語、耳に挟んだことあるでしょ?」





それに、南は頷く。 だが、はじめと赤澤は首をかしげた。





「『守人』っていうのは、そのままの意味。

 ― 全てを焼き尽くす紅き薔薇。 全てを切り裂く白き百合。 全てを癒し守護せし儚き霞。

 一族を守りしは強き花々。 その花枯れるまで、約束されし永劫。 ―

…これは、セイレーンの伝説。 この中に出てくる3つの花の翼を持つ者、それが守人。

戦う力を持たないセイレーン達の中で唯一、一族を守るための力を持った3人。

…分かったでしょ? この紅き薔薇が指すのはこの俺。 そんで、白き百合が…不二。」





菊丸の言葉に、沈黙が訪れる。 分かってはいたことだった。 あの時、戦う不二の姿を見た時から。

だが、それでも信じたくはなかった。 特にはじめは。

視線を下へと向ける彼等に、不二は小さく言った。





「…ごめん、ね…。」





「! そんなことないです。 ただ、僕は無力でした。 それが悔やまれて…。

 守ると誓ったのに。 あの時、君に初めて会った時に。 でも、守れなかった。 それが…!」





そう言って更にうな垂れたはじめ。 彼の元に、不二は静かに歩み寄る。

そして、ぎゅっと彼に抱きついた。





「そんなことない。 観月はずっと僕を守ってくれていた。 それがどんなに嬉しかったか。

 例え僕が記憶を、力を取り戻そうとそれは変わらないでくれていいかな?

 都合がよすぎるかもしれないけど、これからもずっと…。」





「…ええ。」





涙の浮かんだ顔で、はじめはそう答える。 それに嬉しそうな笑顔を向ける不二。

その様子を多少離れた所で見守っている、他の3人。 だが、菊丸の表情は若干不満そう。





「お前、不二のこと観月に盗られたって思ってるだろ?」





おもしろいものを見るかのように菊丸を見る赤澤。

菊丸はぷうっと頬を膨らませつつも、それを否定する。 分かりやすすぎるだろ、とからかう赤澤。

彼等のそのやりとりを見ながら、南は思考を巡らせる。





(1つの力が甦った。 それに伴って後、気になるのは…。)





束の間の平和な時間に、流れる穏やかな時。

だが、それはこの後不二と菊丸の口から告げられた言葉によって、終わりを告げる。





――― 守人の最後の1人に会いに行く。 そこでセイレーンの、俺達の過去の全てを話そう ―――









【あとがき】

1ヶ月ぶりの更新、ごめんなさい。

やっとRed Rose完結です!! …それにしても長かったです。 まさか3話になるとは(汗)

しかーし! やっとここで新キャラの正体が! 菊丸でっす!

彼は実は不二と同じセイレーンだったのです。 ついでに不二が実は戦えることも判明。

これには驚かれた方も多いのではないでしょうか?

ここら辺に関しては、次回別のお話で明らかにさせて頂きます。

…それにしても、最近メインのはずのノクターンの出番がやたら少ないのは気のせいだろうか←



08.8.15










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