もう1つの DARK SHOP





「で、今回のは一体何なんだ?」




闇に半分ほど飲み込まれた薄暗い部屋の中にいた男がそう問う。

その問いは、目の前にいる男に向けられている。

この中には、他にも何人かいるようだ。その全員の視線が、男に集中する。





「今回のは、表向きは宝石の密輸。だが、裏からきた依頼は、それに隠されているとある薬品の開発コードを入手することだ。」





男がそう言ったその時、今まで空に立ち込めていた雲が僅かに切れた。その隙間から漏れ出た月の光が、部屋の中に差し込む。

部屋の中にいたのは、6人の男達だった。彼等は全員、1番窓際にある重厚そうな机に座る1人の男を見ている。

黒髪の彼の名は、『南健太郎』。ここのオーナーだ。

そして月の光で銀に輝く白髪の男の名は『亜久津仁』。 オレンジ色の髪の男は『千石清純』。

バンダナを付けた幼い感じの少年は『壇太一』。 オールバックの男は『東方正美』。 サングラスをかけた男は『室町十次』。

彼等は南をオーナーとした、とある店のメンバー。巨大な都市の隠れた一角にあるその店の名は『エスピオーグ』。

闇の世界ではノクターンと同様、知らぬ者はほとんどいないほど有名な店。彼等が請け負うのは、運び。

金次第で、いかなるものも運ぶ。しかし彼等には裏の顔も存在する。

とある条件でのみ請け負うのは、情報収集。どんなに危険なものでも、金と条件を満たせば、彼等は請け負う。

2つの顔『運び屋』と『情報屋』。この店もまた、夜開店する―――。



                               ☆



「はあ、今回は俺が居残りか。」





パソコンの画面を前にし、そうぼやくのは東方。それに南が苦笑いを返す。




「仕方ないだろ。お前が1番機械類に強いんだから。何かあった時、カバー出来る奴が必要なんだよ。それにいつものことじゃないか。」




「そりゃーそうだけど。たまには俺も行きたいよ。」





そう言いながらも、東方はキーボードを打っている。そのスピードは恐ろしく速い。

この部屋には、ものすごい数の機器類があった。パソコンがその大部分を占めているが、その他にも用途がよく分からないものまである。

これらは全て東方が使うためにある。

機器類の扱いを得意とする彼はもっぱら直接仕事に赴くのではなく、店に残り仲間のサポートや便利なアイテムを開発したりしているのだった。





「・・・よし。調整完了。南、繋ぐよ。」





「ああ、頼む。」





南がそう言うと、東方は傍にある何かのスイッチを入れる。すると少し雑音が入った後、スピーカーから声が聞こえてきた。





『はーい。こちら千石。音声良好でーっす。』





聞こえてきたのは千石の声。

仕事に行っているとは思えない、緊張感の欠片もないその声に、南はいつものこととはいえ若干肩を落とした。





「千石・・・真面目にやってくれ。」





『失礼なっ。 これでも俺はいたって真面目だよ〜。』





「・・・分かった。そういうことにしとく。それで、目標は?」





今まで軽かった口調が一瞬のうちに変化した。それに千石もさっきとは打って変わって緊張感の篭った声で言う。





『目標とはあと30分くらいで接触する。

 こっちは室町君がほとんどやってくれるからそんなに大変じゃないと思うけど、あっちのチームはどうか分かんない。

 多分、そう簡単には中身は分かんないはずだからから結構苦労するかも。』





「だろうな。そんな簡単に分かるんなら依頼なんてこないからな。とにかく、臨機応変にやってくれ。

 って言っても、いつもとあんま変わんないけどな。だけど・・・掟は忘れるなよ。」





『大丈夫。そこはきちっとやるから。じゃあ、1回切るね。』





そう言うと、千石の声は途切れた。





「なんか、楽そうだけど千石のせいで胃が痛くなりそうだ。」





そう呟いて、南は部屋にある窓から外を見た。空には雲が厚く立ち込めていて、先ほど少し見えた月を見ることは出来ない。

薄暗く、今にも雨が降り出してきそうな感じの空に、南は少し嫌そうな顔をしながらもしばらく眺めていた・・・。



                                ☆



「約束の時間まで、あと少しですね。」





腕時計を見ながら、室町が言う。それに千石もそうだね。と返す。

2人が今いるのは、ゴツゴツとした岩の多い荒野。草木はほとんど生えていなく、周囲は茶色で染め上げられている。

普通荒野というとかなり見通しがいいはずだが、ここはそうではない。周囲に存在している岩が大きすぎて、逆に見通しがかなり悪い。





「それにしても、相手もまた都合のいい場所を選んだもんだねー。」





千石がそう言う。確かにそうだった。これだけ岩が多ければ、自分達の身を容易に隠すことが出来る。

もしもの時のために、相手方は自分達の身の保障を考えてこの場所にしたのだろう。





「そうですね。でも、これだけ岩が多いと逆に危険も高いんですがね。敵も身を隠しやすくなってるんですから。

 まあでも、どうなったとしても俺達は仕事をこなすだけですけどね。」





「まあねー。・・・あっと、そろそろ時間じゃない?」





千石にそう言われ、室町は腕時計を見る。確かに向こうの指定してきた時間まで、あと少しだった。





「じゃあ、そろそろ行ってきますね。

 あっ、千石さん向こうの2人にまだ連絡してませんよね?俺達の会話の中から届け先が分かったら、すぐに知らせてくださいよ。」





「分かってるって。じゃあ、行ってらっしゃい。」





ひらひらと手を振る千石に見送られ、室町はその場から歩き出す。その手には何も持ってはいない。

更にぱっと見では武器を持っているようには見えない。彼等の仕事が信頼が1番重要だ。

それは、依頼してくる相手も重々承知している。こういう場に、あからさまに武器を持って来る者などいない。

しかし、持っていないというわけではない。室町はいくつもの武器を隠し持っていた。

普通の人間である彼には、妖と違って特殊な能力はない。そのため、武器は絶対に必要なものなのである。





(まあでも室町君なら、相手が相当強くない限り簡単にはやられないけどね。逆になめてかかると返り討ちにあうくらいだし。)





千石は室町の戦闘能力をそう評価する。普通の人間である彼だが、その能力は決して低くない。

逆に普通の一般的な妖より強いくらいだった。そうでなければ、妖と共に危険な仕事をこなすことは不可能なのである。





(あ。そういえば連絡するの忘れてた。・・・まあいいか。)





そう心の中で思いながら、千石は岩陰から様子を伺う。彼の目線の先には、室町の姿と数人の男達の姿が映っていた―――。



                      
                    ☆



「ったくあのヤロー。連絡よこす気ぜってえねえだろ。」





そう煙草を吸いながら悪態をつくのは亜久津。彼の側には太一もいる。

彼ら2人が今いるのは、木が生い茂った薄暗い森の中だった。しかし森といっても入り口のすぐ傍だ。

木々の間からは、ゴツゴツとした荒野が見える。彼らはそこで、千石からの連絡がくるのを待っているのである。





「そんな感じですね。 でも先輩なら大丈夫ですよ!

 連絡来るの遅くても、簡単にこなせます!」





そう力説する太一。 それに亜久津は軽く溜め息をつくと、口から煙をゆっくりと吐き出した。

彼等2人は今回、情報屋として動いていた。 ちなみに運び屋として動いているのは言うまでもなく、千石と室町である。

普段はどちらかの仕事のみの場合が多いのだが、時々こういう風に重なる時がある。

その場合は運びに適している千石と、交渉の適している室町が運び屋として動く。

そして戦闘担当の亜久津と、情報収集担当の太一が情報屋として仕事をこなすのだった。

ちなみに東方は店で全員のサポートを勤める。

そしてオーナーである南は、こういった仕事に出向くことはほとんどない。

それには何か理由があるようだが、彼はそのことを話すことは無かった。

今回の場合もいつもの例に漏れず、いつもの担当で仕事に臨んでいた。





「まあ、アイツのずぼらさはいつものことだからいいんだけどな。

 太一、面倒だからスイッチ入れとけ。 ぜってえ千石のヤロー、すぐには連絡よこさねーだろうから。

 場所をあいつ等が言ったらすぐに動くぞ。」





「はい!」





亜久津のその言葉に、太一は右耳につけていたイヤホンのようなものに手を延ばした。

半透明のそれは、東方が開発したものの1つだ。 小型だが、これにはかなりの機能がついている。

まずは無線としての機能。 相手に自分の声を届けるためにはしゃべらなくてはならない。

しかしこれはそうする必要はまったくない。 これは頭蓋の振動のみで会話をすることが可能なのだ。

そのため、隠密の仕事の時でも通信をすることが出来る。

そして当然探知機としての機能もある。 その他にもナビの機能がついていたりと、かなり便利なものだ。

これがあるため、メンバーは密に連絡を取ることが出来るのだ。 それのスイッチを入れる。

多少の雑音が入った後、音がクリアになる。 聞こえてきたのは、風の音と会話をする声。

遠くで話しているのか少し聞こえにくいが、太一の耳はいい。 それでも正確に聞き取っていた。





『・・・これだ。 期限は今から丁度3時間後。 場所は、ここから北東に100キロほど行った森だ。

 近くまで行けば、引渡す奴等がいる。 そいつ等に渡してくれ。』





「先輩、場所分かりました! 北東に100キロほど行った所にある森です。

 引渡しはそこの入口ですが、彼等の研究所がすぐ傍にあるはずです。」





太一がそう言うと、亜久津はタバコをポイと地面に投げ捨て、火を靴底で踏み消した。

そして身を寄りかからせていた木から体を起こし、言った。





「行くぞ。」





その言葉に太一は大きく頷く。 ・・・少しして、森が大きく揺れた。



                                            ☆



「おっかえり〜。」





岩影からその身をひょっこりと出して、千石は笑顔で室町にそう言う。

それに相変わらず緊張感のない人だ、と室町は苦笑いを溢す。 だが、すぐに真面目な顔になる。





「今回は結構時間がないです。 早く行きましょう。」





「分かってるって。 でも、俺を嘗めないでよね。

 たった100キロなんて、俺にとっちゃあそんなに長い距離じゃないし。 まあでも早く行くに越したことはないね。

 さあて、真の姿に戻りますか。」





そう千石は言うと、右手をばっと横に薙ぎ払った。 その瞬間強い風が吹く。

風は千石を覆い、姿を完全に隠す。 そして少しして風が完全に消え去った時、そこにいたのは美しい1羽の鳥だった。





「何時見ても思いますけど、綺麗ですよね。」





千石のその姿を見て、室町はそう言う。 千石の正体。 それは、『スパルナ』と呼ばれる霊鳥だった。

全身は赤みがかかった色をしており、所々金の体毛もある。 そのため、体中から光を放っているようにも見える。





「褒めてもなんにも出ないって。 行くよ。」





そう言うと千石は翼を広げた。 その背に、室町は飛び乗る。

彼が乗ったことを確認すると、千石は優に5メートル以上にもなる両翼を広げ、空に飛び上がった。

そして、目的の場所へとその翼を強くはためかせた。



                                           ☆



「南、今千石達は引渡し先に向かったよ。」





パソコンの画面を見たまま、東方はそう言う。 それに南は分かった。と軽く頷いた。

彼等全員が身に着けている通信機から、東方は場所を割り出しているのだ。





「亜久津と太一は一足先に着きそうだね。 この調子でいけば、かなり簡単に終わりそうだよ。」





「そうだな。 今回のは戦闘の可能性も低いし。 久しぶりに楽そうだ。」





そう会話をする。 この部屋には、緊張感のカケラもなさそうだった。



                                             ☆



「・・・臭いがこの先で不自然に途切れてやがる。 この奥だな。」





地面に黒い鼻を近づけながら、漆黒の獣はそう言う。 その横には、太一が佇んでいた。

この獣、実は亜久津である。 彼の正体は『ケルベロス』。 地獄の番犬ともいわれる、犬のような妖だ。

先ほどの場所からここまで、一気に駆け抜けてきた彼はその鋭い嗅覚で目的の場所を探していたのだった。





「分かりました。 じゃあ、ちょっと行ってきますね。」





亜久津に向かってそう言うと、太一は背を丸めるようにして屈む。

背を丸めていくと、彼の姿は段々変化していった。 そして、現れたのは犬くらいの大きさの猫。

黒い毛並みの胸元だけが、白くなっている。





「ああ。 しくじるんじゃねーぞ。」





亜久津のその言葉にはいと言うと、太一は森の闇の中に姿を消した。

彼の姿が見えなくなると、亜久津は人間の姿へと戻る。

木に寄りかかってタバコを吸おうとするが、仕事中だと1度出した箱をしまう。

そして軽く目を閉じると、周囲からし始めた気配に眉を顰め木の上に飛び上がった。

仕事が終わるまでまだ少しかかりそうだな、と彼は1人思った。



                                           ☆



「これが預かった品です。」





室町はそう言って、宝石の入ったケースを地面に置いて少し下がる。

それを確認すると相手の男は、近寄っていって中身を確認する。





「・・・確かにこれで間違いない。 依頼料金の残りだ。」





男は宝石の入ったケースとはまた別のものを地面に置き、下がる。

それに今度は室町が近づいていって中身を確認する。





「こちらも確かに受け取りました。 では、依頼された仕事は完了です。 失礼させて頂きます。」





そう言うと室町はその場を離れる。 彼の姿が消え去ると、男も元来た道を戻る。

それを上から見ている者が。 人間の姿に戻って木の上から見ていた千石は、声に出すことなく言う。





「今、目標がそっちに向かったよ。」





そしてそれを伝えると、木の下まで戻ってきていた室町の傍に。

彼と合流すると、今回の仕事を終えた2人は一足先にその場を去っていった―――。



                                              ☆



(見つけた。)





天井にある通気口。 その微かな隙間から覗く、2つの鋭い目。 それは、単身潜入した太一だった。

亜久津と別れた太一は、森の奥に隠されていた研究所に潜入した。

彼が今回探しているものは、宝石の中に隠されているとある薬品のコード。

しかし普通に宝石だけを見たのでは、知ることは出来ない。 それは、宝石に特殊な加工がされていたためであった。

見るためには専用の機器が必要となる。 それのある部屋を、太一はまず探していたのだった。





(・・・今回はタイミングがいいですね。 千石先輩のラッキーの効果かも。)





なんともいいタイミングだった。 目的の部屋を見つけたのとほぼ同時に、宝石を持った男が来たのだ。

待つ時間がなくていいと、太一は内心喜ぶ。 じっと部屋の中を凝視する。

部屋の中にいる男達は、宝石を何かの機械に入れる。 傍にあったパソコンの画面に、文字や数字の羅列が表示される。

少し距離は離れていたが、太一は画面を凝視する。 瞬きもせず、ひたすらに見続ける。

どれほどの時間が経ったのだろう? 画面を流れていた文字がピタリと止まった。

少しの間は様子見として目を離さなかった太一だが、やっと目を逸らした。 そして、先ほど来た道を戻る。





(何か、かなり楽だったなー。)





そう思いながらも、彼は進む。 自分がいた痕跡を残さないようにし、周囲の気配を探り彼は今まで潜伏していた建物を出る。

地面を歩くということはせずに、木の枝から枝へ華麗に飛び移って森の中を進む。

そして出口の近くまで来ると・・・。





「先輩、ただいまですー。」





そう言って、すうっと人間の姿に戻った。 傍には、今までずっと待っていた亜久津。





「今回は早かったな。 よし、戻るぞ。」





彼の言葉に、太一は頷く。

そして再び獣の姿に戻った亜久津の背に乗り、2人は月明かりの中を駆け抜けて行った―――。



                                              ☆



「―――。 これで全部です。」





パソコンの前に座る東方の隣で、太一は文字や数字の羅列を言っていた。

それを、寸分の狂いもなく入力していく東方。 2人は今、先ほど太一が入手してきた情報を解析していた。

ちなみに、太一の特技は暗記である。 しかしそのすごさは半端ではない。

1度見たものならどんなものでも覚えることが出来る。 そのため、仕事ではかなり重宝されていた。





「これを解析すると・・・。 よし、出来た。 これが薬品のコード。 南ー、出来たよー。」





東方の言葉に、南が寄って来る。 そしてパソコンの画面を見て、コードを覚える。





「じゃあ俺は少し出かけて来るから。」





そう言い残して南は部屋を出て行く。 後に残されたのは東方と太一。

2人は南の行き先が少し気になりつつも、いつものことなのであえて口には出さない。

ふっと窓から外を見れば、仕事に行く前まで立ちこめていた雲は消え去り、綺麗な月が見えていた―――。









【あとがき】

やっと登場ー!! 大変長らくお待たせいたしました。

エスピオーグ、ってか山吹の面々全員登場です!! いやあ、ここまで長かった。

話の展開上、南と千石なんかは怨嗟の炎で登場してますが、その他のメンバーは今回初!です。

いかがだったでしょうか? ちなみにこの話で初めて、人から妖へと戻る描写を加えてみました。

中々大変でした(ならやるな。)

さてさて、裏の世界に存在するもう1つの店。 そこで働く個性豊かなメンバー。

果たして彼等はどういったことを繰り広げていくのでしょうか? では、次回をお楽しみに!!



07.7.28



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