俺を癒してくれたのは貴方でした。

貴方がいるから、俺は頑張れるんです。

1度全てを失った俺に、再び光をくれた。

再び生きる術を与えてくれた。

貴方のためならば、俺は―――。





番外編・風の追憶者





「マスター! マスターあああっ!!!」





悲しい、悲しい慟哭が響き渡る。

それは風に呑み込まれ、消え去っていった―――。



                                               ☆





「あれは…アーティシャルなのか?」





立ち止まり、傍についていた兵士に向かってそう尋ねる。 それに尋ねられた兵士はその方向を向く。

見ると尋ねられた意味を理解したのか、返事を返す。





「多分、そうだと思います。 私はその辺りのことについてあまり詳しくはないもので。

 聞いた話によりますと、少し前からずっとあそこから動かないそうです。 理由は知りませんが…。」





兵士のその言葉を聞きながら、再び視線を向ける。 1人立ち尽くす影。

気になりながらも、この時はその場を去った―――。



                                                 ☆



「神尾…アキラ?」





そう言葉を繰り返すと、目の前に座る男は軽く頷いた。

――― ここは王都内にある研究塔。 その中にある部屋。

目の前にいるのはここの最高責任者である乾。 そして向かいに座るのは、橘。

先日見た人物が気になり、橘が乾を尋ねてきたのだった。 彼の情報力は半端ではない。 それを頼ってのことだった。





「ああ。 数年前に創られたアーティシャルだ。 攻撃力はそれほどではないが、高い移動能力を有している。

 目覚めてすぐ、騎士と契約。 順調に任務をこなしていたようなんだが…。」





そこまで話して乾は言葉を濁した。 訝しげに思いながらも、橘は先を促す。

そして乾は重い口を開いた。





「…数週間前のことになる。 とある任務で神尾は主を失っているんだ。

 原因は魔物。 神尾に襲い掛かった魔物を、彼の主は自分を省みずに守ったそうだ。

 そのお陰で神尾は無傷だった。 だが、主のほうはダメだった。 相当傷が深かったらしい。 治療が間に合わなかった。

 …最期の瞬間、主は神尾との契約を切った。 そのお陰で彼はまた新しい主を持つことが出来る。

 だが、な。 早々上手くいくはずもない。 主は自分のせいで死んでしまったと、神尾は葬儀以来ずっとあの場所から動かない。

 主の、墓の前からな。」





そう言って乾は黙った。 重苦しい空気が流れた―――。



                                                 ☆



「心に傷を負ったアーティシャル、か…。」





乾の研究所を出た橘は、そう呟きながら廊下を1人歩いていた。

先ほどの話が、ずっと気になっていた。

初めて彼を見た時、あまりの目の悲しさに惹きつけられてしまったかのようだった。





「何としても、助けてやれないだろうか…。」





唸りながら、彼は歩き続ける…。



                                                   ☆



「マスター…。」





1人、呟く。 目の前には、灰色の墓石。

月明かりに照らされ、それは冷たい色を放っている。

そっと、手を触れた。





「冷たい…。」





感じることの出来ない体温。 伝わってくるのは凍えるような冷たさだけ。

最期に触れた主の体も、同じように冷たかった。

作り出されて目を覚ました時から傍にいた存在。 何も分からなかった自分に、全てを教えてくれた。

優しかった主。

でもそんな体温を奪ったのは、自分。

あの時、自分がやられればよかったのだ。 いや、そもそも隙を作らなければ。

そうすれば主が自分を庇うことはなかったし、死んでしまうこともなかったのだ。





「ごめんなさい…ごめんなさい…。」





静かな墓地に、悲しい慟哭が響く。

そんな彼を、月は癒してはくれなかった―――。



                                            ☆



「橘、何か悩み事かい?」





そう声をかけてきたのは幸村だった。

城の中の日当たりのいい場所で腕を組み、悩んでいた時のことだった。





「幸村か。 どうしてそうだと思う?」





「だって普段はあまりに悩まない君が難しい顔をして、ずっとそこにいるんだ。

 悩んでいるとしか思えない。 それで、何を悩んでいるんだい?」





言いながら傍の椅子に座る幸村。

彼ならば話してもいいだろうと、橘はあのアーティシャルのことを話した。





「…主を失ったアーティシャル、か。 中々厄介だね。

 今の状況的に、彼はまだ前の主のことを相当慕ってる。 後、後悔もしてるだろうね。

 でも…。」





「でも、何だ?」





「早く次の主を見つけないと、処分されてしまうかもしれない。」





幸村のその言葉に、戦慄が走った。 処分、だと?





「どういう意味だ?」





「アーティシャルは騎士のサポーターとして、魔物を討伐するために作り出されてる。

 まあ、俺はそんな風には思ってはいないけど。 でも上は違う。

 役に立たないアーティシャルなんていらない。 そんな思考をしててもおかしくない。

 彼がもう戦えないと、次の主はいらないと言った瞬間に、処分されてしまう可能性がある。

 決まってしまったら、終わりだ。 早くなんとかしないと。」





幸村の言葉を理解するのに少しの時間がかかった。

そしてやっと頭が事の重大さを理解する。





「…ということは、早く主を主を探し出さないとっ?!」





「本当に危ないね。」





きっぱりと言う幸村。 あのアーティシャルを処分させることなど、決してさせたくはない。

しかしどうすれば。 と、悩む橘に幸村は1つの提案をした。





「…橘。 君のパートナー候補、まだ作られてはいないよね?」





「ああ。 俺も騎士になって大分経つ。 多分次くらいに作られたのがパートナーになるはずだが。

 何でだ?」





橘の返答に、幸村は多少ではあるがほっとしたような表情になる。





「だったら君があのアーティシャルの主になればいい。 候補がまだ決まってない今ならまだ大丈夫だ。

 君があの子と契約を結べば全て丸く収まる。」





彼のその提案に、橘の表情が変わる。





「そうか、その手があったか。 ありがとう。

 無理かもしれないが、やってみる。」





そうお礼を言うと、時間が惜しいといた風に橘は足早にその場を去って行った。

彼の後ろ姿を見送りながら、幸村は呟く。





「…大丈夫だといいけど。」





その目には未だ、心配そうな色が浮かんでいた―――。



                                               ☆



「マスター…。」





墓地には、今日も1人佇む彼の姿があった。 いつもは他の者の姿はない。

だが、今日は違った。 近づく1つの影。

それは、彼の横で静かに止まる。





「あなたは…?」





顔を上げずに、彼は問う。





「俺の名は橘桔平。 騎士だ。」





「…騎士の人が一体何の用です? ここは墓地です。

 あなたが来るべきなのはここじゃない。」





「いや、ここで合ってるよ。」





そう、きっぱりと言い切る。





「…それならば、理由を言って下さい。」





「…神尾アキラ。 君と契約を結びたい。」





橘がそう言った瞬間、顔こそ上げなかったがかなり驚いたようだった。

動揺しているのが見て取れる。





「何で…?」





「最初に見た時から君に惹かれていた。 君とずっと共にいたいん…。」





「帰って下さい!!」





突然アキラが怒鳴った。





「マスターもずっと一緒にいてくれるって言った! でも、その約束を守れなかった。

 俺が、俺がマスターを殺したんだ! 俺がマスターをっ!!!」





感情的に叫ぶ彼の言葉は、橘に衝撃を与えた。

それほどまでに彼の心の傷は深いのだということを、改めて実感させられたのだ。





「俺が、俺がっ…。」





未だ言い続ける彼に、橘は静かに言う。





「…分かった。 今日はこれで帰ろう。 邪魔したな…。」





そう言葉を残して、橘は静かにその場を去って行った。

残されたのは、嗚咽を漏らすアキラのみだった―――。



                                                ☆



それからというもの、橘は毎日アキラの元に現れた。 契約してくれと言ったのは最初の日だけ。

後は何をするでもなく傍にいたり、最近のことを橘が話すということが多かった。

そんな彼にアキラも段々と心を開いていったようだった。 最初は黙り込んでいたが、直に少しずつ喋るようになっていった。

そんな日々が続いた時のことだった…。





「嫌! やめて下さい!!」





いつものように墓地へと向かっていた時のことだった。 不意に聞こえた叫び声。

聞きなれたそれは、アキラのもの。

何があったのかと、全速力で向かう。 そして見たのは…。





「!!!」





見たのは、数人の兵士達に拘束されているアキラの姿。

そのまま連れて行こうとする。





「何をしているんだ?!」





橘の声に、兵士達が振り向く。





「橘様?! こんな所へ何故?」





「そんなことはどうでもいい。 何をしているのかと聞いているんだ。」





「このアーティシャルを連行するところです。 上から処分の命令が下されましたので。」





その言葉に、アキラの顔が蒼白になる。 処分―それ即ち処刑と同等だ。

だが橘は冷静に言葉を紡いだ。





「お前達はちゃんと命令を聞いてきたのか? 処分するのはパートナーのいないアーティシャルだろう?

 この者は違う。」





「ですが…。」





「違うと言っているだろう? お前達には言葉を聞く耳すらないのか。」





恐ろしいほど強い光の篭った橘の目が、兵士達を射殺すかのように見据える。

それに恐れをなしたのだろう。 兵士達はアキラを離すと、その場から逃げるように立ち去って行った。





「…ありがとうございました。」





お礼を言うアキラに、微笑みかける。





「いや、礼には及ばないさ。 それよりも早くここから去ったほうがいい。

 今なら姿をくらますことが出来るだろう。」





「でもそんなことをしたらあなたがっ。」





「俺はいいんだ。 お前が無事ならな。 さあ、早く行け。」





そう言い笑う姿に、かつての主の姿が重なる。 自分のことよりも、パートナーのことばかりいつも心配してくれた。

最期の時も、何で庇ったと問う自分に守りたかったからと言い笑った。

涙が、溢れた。





「俺を…俺をお連れ下さい。」





突然のその言葉に、橘の目が大きく見開かれる。





「…いいのか?」





「はい。 分かったんです。 マスターが何を望んでくれていたのか。

 俺が生きること。 それをいつもいつも望んでくれていた。 今やっと理解出来ました。

 でも、守られるのはもう終わりにしたいんです。 今度は、俺が守る番。

 俺に、貴方を守らせて下さい。」





未だ止まらぬ涙を拭いながら、そう語るアキラ。

それに橘は柔らかい笑みを零しながら、そっと彼の頭に手を置いた。





「…分かった。 よろしくな、アキラ。」





「はい、マスター。」





風は吹く。 どんな時も。

時には厳しく。 時には優しく。

そしていつでも、いつまでも見守り続ける―――。





「アキラ! 早くしないと置いていくぞ!!」





「マスター! 待って下さいよ!!」









【あとがき】

真奈様、大変遅くなってしまい申し訳ありません! やっと完成いたしました!

橘さんとアキラの出会いということで、どうやって契約を結んだかまでを書かせて頂きました。

本編的に言いますと…大体12年ほど前の設定のはずです(え?)

幸村と真田が3強に就任してすぐくらいのつもりです。

この後橘は手塚と争って3強に就任し、6年前に王都を離反します。 後は本編の通りです。

かなり中途半端な出来になってしまい申し訳ないです(汗) よろしかったら貰ってやって下さい♪♪



08.4.8





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