何事も起きないはずだった。

あれは、いつもの仕事。 何の心配もいらない、そんなもの。

・・・そのはず、だった。





enigmatic   1





「・・・遅いなあ、あの2人。」





机に頬杖を付きながらそう洩らすのは、アキラ。 その目は目の前にある窓の外を見ている。

そんな彼の前に、湯気の立つコーヒーを置きながら椅子に座ったのは森。





「まあ、しょうがないんじゃない? いつもの仕事って言っても、場合によっちゃあ遅くなることもあるんだし。

 そんなそわそわしなくたってちゃんと帰って来るって。」





「それはそうなんだけどさ。 でもあの2人にしては本当に珍しいことだから。

 いつも早く終わらせて帰って来るし。」





そう言って軽く息を吐き出す。 そんな彼の表情に不安の色を感じ、何か言おうと思う。

しかし自分にも分からないので、言葉にはしない。

コーヒーカップを傾けゆったりしているはずなのに、その場に流れているのは落ち着かない空気だった。



                                              ☆



「おい石田、忘れてる場所ないよな?」





そう尋ねるのは、内村。 彼が今乗っているのは、真の姿へと戻っている石田の背。

強い水流に流されないように片手で石田の背をつかみ自身の体を支えている中、もう片方の手にはいくつかの小瓶。

どうやら中には何か液体が入っているようだ。





「ああ、大丈夫だ。 橘さんに言われたのはこれで全部だ。

 内村、仕事が終わったらどこか行くか? 多分次のまで時間あるだろうし。」





「いいな、それ。 最近俺達ばっか休みなかったもんなー。

 そろそろ橘さんにもらわなきゃ。 いくら体力あるっていっても、毎回戦闘に巻き込まれてたんじゃキツイし。」





「それは言えてる。 俺も少ししんどいしな。

 あと少しで着く・・・!! おい内村! 前を見ろ!!」





会話の途中で突然そう怒鳴る石田。 それに気だるげに前方を見た内村だが、目を向けた瞬間に驚きが浮かんだ。





「桜井!!」





2人の先100メートルほど先に、いつも見慣れた姿が。 しかし、おかしい。

彼の体は水に流され、揺らめきながら沈んでいっているのだ。 それは、ありえないはずのこと。

石田は、あっという間に距離を詰めた。 近づくとすぐに彼の背から飛び降り、桜井の体を抱きとめる内村。

その目は堅く閉じられているが、呼吸はしている。 だが、体中には無数の傷。

そのほとんどから、未だ血が流れ出ていた。





「どうだ?」





「・・・大丈夫だ。 生きてる。 だが、このままだと危ないな。 すぐに戻るぞ。

 石田、お前もっとスピード出せるか?」





「嘗めるなよ。 それくらい、造作もない。

 早く乗れ。 急いで手当てしてやらないと。」





それに内村は頷き、彼の背に乗る。 そして桜井の体をしっかりと支え、水の抵抗から彼を守る。

石田のスピードは速かった。 あっという間に都市の影が見えてくる。





「・・・なあ、石田。 桜井がこんだけ傷負ってるってことは、相手はどんだけ強いんだ?

 それに・・・何で深司がいないんだ?」





「分からない。 だが、とりあえず話は桜井の手当てをしてからだ。」





厳しい顔をして言う石田に、内村は何かが起こることを感じ取っていた・・・。



                                                 ☆



「・・・逃げられたか。」





闇の中から、そう言う声が聞こえてくる。 姿は見えない。





「申し訳ありません。 どうやら相手のことを少々なめていたようで。

 あの者達には後で仕置きをしておきます。」





もう1つ、今度は別の声が聞こえる。 しかし、こちらも姿を窺うことは出来ない。

声だけが、闇から聞こえてくる。





「そうしておけ。 おい、あいつはどうだ?」





「大丈夫です。 ちゃんと捕獲してあります。 自力で逃げ出すことは不可能でしょう。

 明日にはあちらに搬送します。 ・・・いい材料になりますね。」





「ああ、そうだな。」





闇の中で、何かが嗤った・・・。



                                                  ☆



「・・・様子はどう?」





部屋のドアが開く音で下を向いていた顔を上げ、そう問う。

そこに立っていたのは、杏。 彼女の腰から下は今、魚の尾ではなく人間の足になっていた。

2本の足でしっかりと立っている彼女は、部屋の中にいる面々を見渡してから口を開いた。





「・・・大丈夫よ。 とりあえず、命に別状はないわ。」





彼女のその言葉に、ひとまずほっとする面々。





「そっか。 ならよかった。 ・・・それで、深司のことは?」





森がそう尋ねると。





「俺が話す。」





そう言う声がして、部屋のドアが再び開いた。 そこに立っていたのは桜井。

体のいたる所に包帯を巻いた痛々しい姿だったが、足取りはしっかりしていた。





「大丈夫なのか?」





「ああ、心配かけたな。 で、話すぞ。 このままだと、大変なことになる。

 ・・・深司と一緒に仕事に行ったまではよかった。 向こうに着いて、橘さんに頼まれたものを回収して。

 それで終わってすぐにその場は離れたんだ。 早く帰りたかったし。

 でもその途中で、いきなり何かに襲われたんだ。 いつもの奴等とは違う、何かに。

 戦ったんだけどね。 不意を付かれて俺がやられそうになったんだ。 それを深司は庇って・・・。

 深司は奴等に掴まった。 助けたかったんだけど、俺にそこまでの力はない。

 逃げろって言われて、全力でそこを離れた。 当然相手は追ってきて、結構細かく攻撃を喰らったよ。

 なんとか撒いた所で力尽きて。 そこを石田と内村に助けられたんだ。」





そう言って桜井は口を閉じた。 彼の話に、その場に沈黙が流れた。

少しの間、重苦しい空気が漂う。 と、それを破って最初に口を開いたのは森だった。





「とにかく、深司を助けに行かなきゃ。」





「・・・ああ、そうだな。 桜井の話じゃ敵は結構強いみたいだけど、俺達が揃えば大丈夫だろ。

 それで、場所はどこなんだ?」





「・・・あそこだよ。 『魔の海峡』って呼ばれてる海。 常に強い海流が流れ、渦潮も渦巻いている。

 並大抵の者じゃ行くことも出来ない場所。 かくいう俺も、結構キツかったんだけどね。

 あそこで深司は掴まった。」





そう言って桜井は下を向いた。 彼の拳は強く握られ、悔しさが滲み出ていた。





「分かった。 じゃあ、すぐにそこに向かおう。

 だけど桜井、お前はここに残ってろ。 そんなに深くないとはいえ、その傷じゃ思う存分戦えないだろ。」





石田のその言葉に反論しようとした桜井だったが、最もだったため何も言うことが出来なかった。

彼のその姿に心が少し痛みながらも、他の面々もかける言葉が見つからなかった。





「・・・分かった。 俺は大人しくここに残る。 その代わり、深司を必ず助けろよ。

 それと、橘さんが戻って来たらちゃんと説明しとくからさ。 ・・・やられるなよ。」





彼のその言葉に、4人は力強く頷く。

少し後ろで心配そうに見守っていた杏も、口を開く。





「本当に気をつけてね。 嫌な予感がするの。 何かが起こる気がする。

 今回のこれはきっとその始まりにすぎないわ。 皆、無事に戻って来てね・・・。」





その言葉に頷きつつも、全員は彼女の言ったことに少しの不安を持った。

杏の言うことは、少なからず当たっていることが多い。 そのため、全員は彼女の警告には特に気をつけていた。

今回のことは何か裏がある。 そう思わざるを得ないこの状況。 彼等は何に挑もうとしているのか・・・?





「大丈夫だよ! じゃあ、行ってくるから。」





重くなった空気を掻き消すように、アキラが努めて明るく言う。 それに残りの3人も軽く微笑んでみせる。

未だ暗い顔をしている2人をその場に残し、4人は部屋を出た。

そして真の姿に戻った石田の背に乗り、一路桜井の言っていた魔の海峡へと急いだ・・・。



                                              ☆



「悪い、遅くなった。」





そう言って部屋の中に入って来たのは髪をオールバックにした男。

中には既に2人の人物が、互いに向かい合うように座っていた。





「気にしないでくれ。 急に呼んだ俺が悪いんだしな。 とりあえず座ってくれ。」





部屋の中にある、重厚そうな机に向かって座っていた男がそう言って促す。

それに入ってきた男は、その机の傍にあるソファに腰を下ろした。

彼の前には、先に来ていたもう1人のサングラスをかけた男が同じように座っていた。





「さて、早速で悪いが仕事の話だ。」





そう言って机の所にいた男が口を開いた。 彼の名は『南健太郎』。 ここのオーナーだ。

そしてソファに座る2人の人物。 オールバックの男の名は『東方雅美』。

サングラスの男の名は『室町十次』。 2人共、南の仲間である。





「今回2人にはとある島に向かってもらう。 そこで情報を入手してきて欲しい。

 入手してくるのは、正体不明の組織の情報だ。

 最近、闇で暗躍している組織がいるという噂が立っている。 だが噂ばかりで何の根拠もなかった。

 だがつい先日、その組織と思われるものがいる島の存在が発覚した。 それが今回行ってもらう場所だ。

 完全に潜伏するから、戦闘の危険性は少ないと思うが、それでも用心してくれ。

 何せ相手の正体は何1つ分かっていないんだからな。」





ここまで話すと、今度は室町が口を開いた。





「分かりました。 とりあえず今回のは普通の情報収集なんですね。

 時刻は?」





「出るのは明日の明朝だ。 それであそこはかなり遠い。

 2人じゃあかなり時間がかかるだろうから、俺がそこまで送ってくよ。」





「おっ、珍しい。 いつもは全然動かないくせに。」





東方によういう言い方をされ、少しむっとしながらも南は言う。





「千石がいないんだよ。 あいつは今別の仕事で出てってるからな。

 そうなったら空飛べるの俺しかいないじゃないか。 必然的に決まるんだよ。

 それとも何か? 泳いで行くか?」





拗ねているためか、完全に据わっている南の目。

それに本気の匂いを感じ取り、東方は必死に弁明する。

その光景を見ながら、室町は1人考える。





『正体不明の組織・・・か。 南さんがここまで言うってことは、かなり危険らしいな。

 あまり嘗めないほうがいいか。 それにしても・・・よくやるなあ。』





未だに平謝りし続ける東方に、目の据わったままの南。

互いのこの、かなり大人気ないやりとりにこのままで大丈夫だろか?と本気で心配になる室町だった。





――― 捕らえられた伊武。 正体不明の組織。

謎が謎を呼ぶ。 さあ、これを解くのは誰?









【あとがき】

遅くなってすいませんー!!(スライディング土下座)

朝霧様に頂いたリクでございます! 朝霧様、本当にありがとうございました!!

今回のリクは不動峰の2年と南と東方と室町とのことで、その他の方達はほとんど出演しておりません。

今までかなり出張っていた橘さんも、今回は出番なしです。

さあ、ここでお詫びをば1つ。 続いてすいませんー!

本当はこの1話で終わる予定だったのですが、思いっきり続きました。

ちなみに今現在では、残り1話で終わるか分かっておりません。 もしかしたら2話になる(汗)

何か色々長くなって本当にすいません! 続きは出来るだけ早く書き上げますので、それまでお待ち下さい!



07.5.11



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