お前がいれば、俺はそれだけでいい。

お前が笑っていてくれるのなら、俺は・・・。





EVIDENCE 〜証〜  前編





どこかの高いビルの上に、1人の男が立っていた。

男は少し長い銀の髪を無造作に後ろで縛り、風に身を任せていた。

周りに見えるのは、ビルの群れ。 くすんだ色をしたものが、そびえるように、いくつもいくつも建っていた。

男の上空に広がる空は鉛色。 厚い雲が途切れることなく、空を覆っていた。

聞こえるのは、風の音。

聞こえるのは、遠くから届く都会の喧騒。

男はただ、その場に何をするでもなく立っていた。 ただ立ち、時がすぎるのをただただ待っているかのようだった。

と、急に男はその首を動かし、ある場所を見つめた。

そこには、ベンチに座る別の男がいた・・・。





(何をしているんだ・・・?)





その様子を見つめる男。

と、ふいにその姿が消えた。 次に男の姿が現れたのは、別の男が座るベンチの傍だった。





(キレイな奴じゃな・・・。)





そう、傍に立ったまま男は思う。

傍に立つ男に気付く様子は、まったくない。 まるで、そこに何もいないかのようだった。

ベンチに座る男は眼鏡をかけ、体の線は細かった。

顔は色白で髪は茶。 真面目そうなその顔には、時折悲しそうな表情が見えた。





(・・・こいつ、重い病に侵されとるな。 このままじゃと、もってあと数ヶ月か・・・。)





そう銀髪の男は思う。

と、ふいに今まで座っていた男が立ち、歩き始めた。

その後ろを、男はついて行く。 人ごみを抜け、並木道を抜け、男は歩く。

10分ほど歩いた先に男が着いたのは、どうやら自分の家のようだった。

立派な構えの家に、彼は入っていく。 その様子を見送り、後ろをついてきた男はかけてあった表札を見る。

そこには、彼のであろう名が刻まれていた。





(柳生・・・か。 あいつの名前は柳生っていうんじゃな。)





それを見ると、男はまたふいに姿を消した・・・。



                                      ☆



「・・・また下界に行っていたのかい?」





真っ白な空間で、誰かが銀髪の男に尋ねる。

男は、椅子の背もたれを前にして、それに頭をあずける形で座っていた。





「ええじゃろ、別に。 ここにいたってつまらんだけじゃからな。」





そう、男は答える。 と、彼の前に男が1人現れた。

その髪は黒で、優しそうな顔をしていた。 しかし、その目は心配そうな色を帯びていた。





「つまらないって思う気持ちは分かるけど、あんまり行くのはやめたほうがいい。

 俺達にとって下界の空気が毒なのは知っているだろう? 仁王。」





「そんなのわかっちょる。 じゃけど、ちょっとばかしなら大丈夫じゃ。

 そんな心配しなさんな。 幸村。」





仁王と呼ばれた男は、幸村と呼んだ男にそう言う。 しかし、それでも幸村は心配そうだった。

だが、彼はもう何も言わずにその場を立ち去っていった。

その後ろ姿を見ながら、仁王は呟く。





「そんな心配せんでも大丈夫じゃって。」





風は吹かず、闇の一欠けらもないその世界で、仁王は1人彼方を見つめていた・・・。



                                      ☆



それから毎日、仁王は柳生の傍にいた。

相変わらず彼の姿は見えていないようだったが、それでも彼は傍に居続けた。





「・・・仁王、いつまで続けるつもりだい?」





ある時、幸村は仁王にそう言った。





「さあ。 ずっと続けるつもりじゃよ。」





「それがどんなに危険なことか知っていても?」





「ああ。 俺はあいつの傍にいたいんじゃ。」





「そう・・・。 なら今は止めないよ。 だけど、いざとなったら力ずくでも止めるからね。

 ・・・でも、仁王。 彼に正体がバレたらどうするんだい?」





幸村のその言葉に、仁王の動きが一瞬止まった。

しかし、すぐに幸村の目を見つめて言った。





「・・・その時はその時じゃ。」





そう言って、彼はその場から消えた。

幸村はただ、心配そうな目で彼のいたその場を見つめていた・・・。



                                       ☆



仁王は歩く。 柳生がいるいつものベンチに向かって。

しかし・・・。





「? あれ、今日はいないんか?」





そこには、いつもあるはずの彼の姿はなかった。

と、ふいに彼は後ろにあるビルを見上げた。

その目に飛び込んできた光景に、彼の目が大きく見開かれる。

それを見た瞬間、彼はその場から瞬時に消え去った。



                                       ☆



高いビルの屋上に、彼はいた。

その顔に生気はなく、もともと白い顔は白いを通り越して青みを帯びていた。

ふらふらと、彼は足元もおぼつかない様子でビルの淵へと歩く。

淵に立った彼は、目を下に向ける。

そこには、車の走る道路。 人の通る道が、自分のいる場所とは隔絶されたように存在していた。

その光景を、どこか悲観的な目で見つめる柳生。





「これでやっと、楽になれる・・・。」





そう呟く柳生。 その顔は追い詰められ、自分の死以外考えていないようだった。

1歩、足を踏み出す。

あと1歩踏み出せば、終わる。

柳生は目をつぶった。 目をつぶり・・・足を踏み出した。





ふわりと浮かぶ体。 重力に従って堕ちていく。

意識が遠のく。 もう何も考えられなかった。

・・・何かが彼の手をつかんだ。



                                       ☆



仁王は走った。 柳生へと手を伸ばしながら。

仁王は叫んだ。 だが、その声は届かなかった。

彼の体が中に浮く。 自分の視界から消え失せる。

仁王は地を蹴った。 地を蹴り、自分も屋上から飛び出した。

手を伸ばす。 必死に手を伸ばし、柳生の手をつかむ。

力を入れて彼の体を引き上げ、自分の腕の中に抱きとめる。

落ちる速度が急に落ちた。 2人の体は落ちることを止め、今度はゆっくりと昇り始めた。





柳生をしっかりと腕に抱く仁王の背には、純白の巨大な羽があった・・・。









【あとがき】

えー、よく分からん内容の短編・前編です。

かなりのオリジナルです。 まあ、モデルとなった話はあるんですけど(汗)

その変のことやなどは次のを書いてからにしようと思います。

では、後編で。



06.5.13



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