俺はどこまでも貴方と共に…。





Symphony of destiny  最終章・4





「終わりにさせよう。」





そう幸村が言葉を発した次の瞬間だった。 確かにずっと目は離さなかった。 瞬きをした覚えはない。

しかし、忽然と姿を消したことを認識する前に衝撃が体に走った。





「ガハッ…!」





それに一瞬怯むが、直ぐに体勢を立て直すために跳躍。 数メートル先で着地し、振り返るとそこには幸村の姿。

何時の間に自分の背後に移動したというのだ? 疑問符が頭の中に並ぶ。

菊丸の困惑を悟ったのだろう。 幸村は言った。





「さすがの君の目でも追えなかったみたいだね。 それも仕方のないことかな。

 これは真田の使う『雷』を真似たものなんだよ。 あれの速度はかなり速いからね。」





真田の技を真似ただと? 菊丸はその言葉に驚くしかなかった。 教わったわけでなく、見ただけ。

それだけでこの男は、あの真田の技を真似たというのか。 しかも速度は、真田のものよりも速い。





「さあ、これで君が逃げれる確立は減った。 大人しくしてくれないかな? 苦しめるつもりはないんだ。」





そう言いながら幸村はじりじりと近寄って来る。 しかし菊丸は立ち上がった。 立ち上がり、構えた。

彼の口が言葉を紡ぎだす。





「邪魔する者は抹殺せよ…。 榊様のご命令は絶対…。」





何度も何度も、同じことを呟き続ける。 その姿に、更に悲しくなった。 以前の、明るく元気な菊丸を見出すことは出来ない。

そして、榊に対する怒りも更にふつふつと湧いてきた。 あいつがいなければ、菊丸達はこんな悲しい姿になることは無かったのだから…。





「…菊丸、今楽にしてあげるから…。」





そう言うと幸村は剣を軽く構え、地を蹴った。 そして菊丸との距離を一気に縮める。

最初に剣での斬撃が来ると思った思った菊丸は、自分の体を守るように剣を構えた。 しかし予想は外れた。

幸村は剣を持っていない左手で、菊丸の剣を持っている手首を思い切り掴んだのだ。 そして、唱える。





『ロスト。』





その瞬間、菊丸の手がカクンと曲がり剣が地面へと落ちた。 そして突然自分の手首を襲った激痛に、反応が遅れる。





「これで、終わりだ…。」





次の瞬間、菊丸の胸に幸村の剣が深々と突き刺さった。





「カハッ…。」





菊丸が血を吐く。 唇の端と、幸村の剣の突き刺さった所から真紅の血が流れ落ちる。

幸村は先ほど菊丸の手首を握った時に、彼の手首の神経を全て切断したのだった。 それによって菊丸は剣を握ることが出来なくなり、隙も出来たのだ。





「ごめん…ごめんね…。」





心臓を一突きにされたことにより、菊丸は既に事切れていた。 彼の体を静かに横たえながら、幸村は謝罪の言葉を口にする。





「ごめんね…。 せめて、安らかな眠りを…。」





口の端を伝っていた血を指で拭ってやり、幸村はそう呟いた。

俯いた彼の目から涙が一滴零れ落ち、菊丸の顔を濡らした―――。



                                                  ☆



『グラビティ!』





伊武が唱える度、重力の塊が蓮二と滝に襲い掛かる。 それを2人はなんとか交わしていく。

あれを1度喰らってしまえば、やられるのは確実だ。 だが、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。





「柳、僕が囮になる。 隙を作るから、その間に。」





滝のその提案を、本当は反対したかった。 だが、事はそう簡単ではなかった。 他にいい案が思いつかない。

仕方なく、蓮二は彼の意見を了解した。 滝が言う。





「僕のことは気にしちゃダメだからね。 大丈夫、自分の身くらい自分で守れるから。 じゃあ、行くよっ!!」





その言葉を合図に、滝は蓮二から離れて伊武に向かって飛び掛る。

放たれた重力の球体を交わし、剣を向けた。 それに伊武も応戦し、剣を突き出す。 互いの剣がそれぞれ相手の剣を弾き返す。

剣との応戦の間に出来た僅かな隙に、滝は水の刃を叩きこんだ。 しかしそれは伊武の出現させた重力場によって消滅する。

だが、滝の狙いはここだった。 重力場が滝の放った刃と共に消滅したその瞬間、ほんの僅かな隙が出来た。





『スクリーム!!』





その隙に、滝は水の渦をねじ込む。 それを伊武は重力で無理矢理阻止する。 互いの力が拮抗する。

だが、伊武のほうが1枚上手だった。 技を使うのに意識を取られすぎていた。 そのため、気付くの遅れた。





「ぐうっ!」





伊武の振り上げた剣が滝の体を切り裂いた。 痛みが全身を駆け抜ける。 だが、これは絶好の機会だった。

伊武の意識が完全に自分のほうに向いているのだから。 滝は、叫んだ。





「柳! やれっ!!」





その瞬間、蓮二は2人に向かって数え切れないほどの水の槍を放った。 伊武の目が大きく見開かれる。

衝撃が走った。 …少しして、槍の形をしていた水は全て液体に戻る。 水溜りの中、血まみれの伊武と滝が倒れていた。





「滝!!」





大急ぎで駆け寄る。 伊武はピクリとも動かなかったが、滝は抱き起こすと軽く呻いた。





「う…っ。 い、伊武…は?」





滝の問いに、蓮二は直ぐ横に横たわる伊武の首筋に指を当てた。 そして、首を静かに横に振る。

蓮二の放った水の槍は、伊武の体をめったざしにしていた。 その中でも致命傷だったのは、首を貫いた1本の槍だろう。

気管、食道、そして脊髄。 それらを一気に貫かれ、助かることなど出来ない。

伊武の口の端から零れ落ちていた血を、蓮二はそっと指で拭う。 悲しい、悲しい結末だった。 こうなることを、誰も望んではいなかった。

悲しみに暮れていると、突然。





「ガハッ…!!」





滝が咳き込んだかと思うと、口から血を吐き出した。





「滝!!」





直ぐに蓮二は彼の体に手を翳す。 淡い光が包み込む。 何で気付かなかったのだろうと、蓮二は自分を責める。

滝の体には伊武に切れられた傷の他に、蓮二の槍によるものと思われる傷もあった。

あの瞬間、伊武のみを狙ったのだがそれでもいくつかは滝にダメージを与えていたのだ。 そしてそれは、運悪く滝の脇腹を貫いていたのだ。





「しっかりしろ!」





滝の様子から、槍は彼の臓器を傷つけていることが窺えた。 このままでは危ない。





「お前は、決して死なせはしない…!!」





蓮二はそう固く誓う。 もうこれ以上何かを失うのはごめんだった―――。



                                                ☆



「もう俺は、決して諦めない…。」





そう呟くのと同時に、赤也の体が消えうせた。 いや、そう思えるほどの速さで動いたのだ。

使用したのは真田の雷。 しかしその速さは先ほどの比ではなかった。 突然のことに、真田も咄嗟に反応出来ない。





「っ!!」





赤也の剣が真田の左腕を浅く抉った。 本当は利き腕を狙ったつもりだったが、さすがは真田。 そう簡単にはやらせてはもらえない。





「これで終わりじゃありませんよ!!」





剣を振り切ったと同時に、その勢いを利用して蹴りつける。 これも交わされたが、予想の範疇。

反動を利用して1回転し、更に追撃をしかけた。 自らの剣に電撃を纏わせ、切りかかる。 それは防がれたが、これでいい。





「かかった! 『スパーク!!』」





赤也の狙いはこれだった。 剣を持たない手を、真田の胸の前に翳し彼は唱えた。

その瞬間、強烈な電流が真田の全身を駆け巡る。 さすがの真田も、対処しきれない。 勝利を確信した。

だが、そのほんの少しの油断が命取りだった。





『インファーナル。』





不意に紡がれた言霊。 理解をする前に、全身の血が沸騰するかのような痛みに襲われる。

『インファーナル』。 この技を真田が使うなど、ありえないことだった。 理由は、あまりにも恐ろしい技だったから。

灼熱の炎で、相手の体の内側から焼き尽くすこの技を、真田は自ら使うことを禁じた。 それを彼は使った。

しかし赤也は感じていた。 真田は自らの意志で使ったわけではないと。 その証拠に…。





(マスター…、泣かないで…。)





無表情の彼の頬に伝う水。 視界が真っ赤に染まっているから、それは血のようにも見えた。

痛みは治まらない。 むしろ酷くなる一方だ。 だが、何度も飛びそうになる意識を必死に繋ぎとめた。

ここで諦めてはいけない。 最後まで諦めないと誓った。 自分自身に、そして真田に。





(マスター、俺はそんな簡単にやられませんよ…。)





最後の力を振り絞り、赤也は叫んだ。





『我が命を糧とし、我の望むものの命を搾取せよ! プロイット!!』





その瞬間、強烈な電流が放たれた。 真田はそれから逃れようとするが、電流はまるで意志を持っているかのように彼を覆う。

そしてそれはバリバリという音を立てて、真田を襲った。





(マスター、ごめんなさい…。)





まどろみ始めた意識の中で、赤也はそう謝罪する。 彼の使った技は、禁じられたものだった。

自らの命を代償に、確実に相手の命を奪う。 本当は使いたくないものだった。 しかし、これしか方法が無かった。

力量の差のある赤也には、こうするしか真田を止めることが出来なかった。 でも、これでよかったとも思う。

結果的に自分を生かしたかった真田の想いを裏切った結果になるが、自分はこうして敬愛する彼と共に逝くことが出来る。





(あか…や…。)





体の感覚は既に何もない。 自分が今立っているのか、地に伏しているのか。 それすらも分からない。

目もぼやけ、耳もほとんど聞こえない。 だけどその中、確かに聞こえた。





(マスター…俺はどこまでも貴方に付いて行きますから。 だからこれからも、俺を…傍に置いてくださいね…。)





意識が闇に飲み込まれる。 最後の瞬間、滅多に見れない真田の穏やかに微笑む顔を見えた気がした―――。



                                               ☆



「蓮二! 滝!! 大丈夫?!」





必死に滝の治療をする蓮二の元に、幸村が駆け寄って来る。 それに蓮二は余裕の無い表情を向ける。

滝の様子は未だよくはない。 顔は青ざめたままだ。 だが意識はあり、目を薄く開く。





「幸村…あいつ、は…?」





彼の問いに、首を横に振った。 それで悟る。 菊丸の結末。

と、滝の治療をしながらも蓮二が問いかけた。





「赤也は、どうなったんだ?」





「まだ分からない。 でも音がしなくなったってことは、決着がついたんだと思う。

 …見てくるよ。 きっと、悲しい結末しか待ってはいないだろうけど…。」





そう言うと幸村は歩き出す。 どうなっていても動じないという、覚悟をして―――。



                                                  ☆



「うっ…。 これは酷い…。」





予想以上の惨状に、思わず言葉が漏れた。 辺りは、目も当てられないほどに荒れ果てていた。

焦げた臭い、真っ黒に煤けた地面。 その中を、ゆっくりと進む。 そして―――。





「…やっぱり君は、一緒に逝くことを望んだんだね…。」





少し進んだ先に横たわる2つの体に、全てを悟る。 ピクリとも動かない体、開くことのない瞳。 焼け焦げた体。

しかしその中で互いの顔だけは、多少煤けてはいたが綺麗なままだった。 彼等の傍に、幸村はしゃがみ込む。





「赤也、君は最後まで幸せだった? 真田、君は最後に救われた?」





2人の顔に手を伸ばしながら、幸村はそう問いかけた。 答えが返ってくることは当然、ない。 だがそれでも彼は語り続けた。





「赤也、今度こそは手放しちゃダメだよ。 真田、もう赤也を1人にしちゃダメだよ。」





2人の顔の煤を落としてやりながら、幸村は言葉を紡ぎ続ける。 彼の目からは、いつの間にか涙が零れていた。





「後のことは俺達に任せて。 心配なんてしなくていいから。 俺は大丈夫。

 大丈夫だから…。」





そう言いつつも、涙は止まることを知らない。





『名は、なんと言う? …精一、か。 いい名だな。 俺は真田弦一郎。

 これからお前の同僚になる。 よろしくな。』





『あなたが幸村さんっすね? 俺は切原赤也! マスターのアーティシャルっす!』





『…お前に会えて、本当によかった。』





『いつも本当にありがとうございます!!』





浮かび上がるのは幸せだったあの頃。 何も知らず、ただ穏やかに過ごしていた日々のこと。

あのままの幸せが続くと思っていた。 あのまま変わらず過ぎていくと思っていた。

しかし現実は残酷だった。 自ら決断して王都を抜けた。 彼等と敵同士になるのも覚悟の上だった。

だけど失ってみて、その本当の重さに気付いた。 今更後悔しても遅い。 歯車は決して、戻りはしない。

前へ進むしかないのだ。 それしか、道は無い。





「ありがとう…。 さようなら…。」





小さく呟いた言葉は、静かに風に流れて消えた―――。









【あとがき】

さて、遂に決着がつきました。 自分で書いてて正直、しんどかったです。

結局赤也は最後に、真田といるという自分の望みを叶えました。 大きな代償と引き合えに。

幸村は先へと進みます。 彼等の代わりに。

1つの歯車が、役割を終え動きを止めました。 しかし演奏は止みません。

最後の音が奏でられる時まで、曲は続いているのですから―――。



08.1.16



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