俺は傷つけることなんて望まない。

君を傷つけるのなら、いっそ―――。





Symphony of destiny  最終章・5





「ブン太…?」





目の前のブン太の発した言葉に、驚きを隠せないジャッカル。 それは仁王も同じだった。

今まで自分達に牙を向けていたのだから当然だろう。

戸惑っている彼等に向かって、今度はさっきよりもはっきりと言葉を紡ぐ。





「ごめん…な…。」





能面のような表情をしながらも、目からは涙が伝う。 そして謝罪の言葉。

それにジャッカルははっと気付いた。 もしかしたら、ブン太を元に戻すことが出来るのかもしれないと。





「ブン太! しっかりしろ!」





ふらつく体を何とか支え、ブン太の両肩を掴み揺さぶる。 呼びかけながら、何度も何度も。

それに最初は虚ろだったブン太の瞳に、少しだけ。 本当に少しだけ光が戻った。 後少し、そう感じた時だった。





「ツッッッ!」





不意に腕を襲った痛み。 目を向けると、両腕には切り傷。 痛みに力が入らなくなりそうになるのを必死に堪え、ブン太の体を揺さぶる。





「しっかりしろ! 俺が分からないのかよっ!!」





ジャッカルのその叫びに、その瞬間ブン太の目に光が戻った。

だが、安堵するよりも前に体を強く突き飛ばされる。 突然のことに、後ろへとよろけるジャッカル。





「ブン太?!」





ジャッカルを突き飛ばしたブン太は、彼と少し距離を取る。

そして下を向いていた顔を、ゆっくりと上げた。





「ジャッカル…。」





彼の表情は、先ほどまでの能面のようなものではなかった。 ジャッカルの見慣れた、いつもの顔。

しかしいつもは笑顔の耐えなかったそれは、今は悲しみに歪んでいた。 頬を涙が伝い落ちる。





「ごめん…ごめんな…。」





泣きながら謝り続けるブン太。 あまりにも悲しすぎるその姿。





「本当は傷つけるつもりなんてなかったのに。 ジャッカルも、仁王も…。

 でも体が言うことを聞かなくて。 自分の体なのにっ!」





両腕で強く自分の体を抱き、彼は嗚咽の篭った声でそう叫んだ。 涙は止まることを知らない。

彼のあまりにもいたたまれない姿。





「いいんだよっ、俺達は! 俺は、お前が元に戻ってくれるなら、また俺の傍にいてくれるならいいんだ。

 ブン太がいれば、俺はいいんだ。 だからブン太、一緒にどこかへ行こう。 王都なんか捨てて、どこか遠くに。

 もう戦わなくてもいいんだ。 傷つかなくてもいいんだ。 だから…。」





そう話すジャッカルの言葉を遮るように、ブン太は首を横に振った。





「無理、なんだよ。 今はジャッカルのお陰で自分の意思で動ける。 だけど、それもいつまで持つか…。

 …俺はもう、1度死んでるんだ。 亜久津が牢から脱走した時、俺は止めに行った。 お前にも行ってなかったけど、俺も王都を離れたかったんだよ。

 それで、亜久津と一緒に行こうかとした時に榊にやられた。 次に目を覚ました時には、もう体の自由は無かった。

 それに人間でもなくなっていなんだ。 今の俺は、心臓に埋め込まれたオーブの欠片で生かされてる。

 そしてこれには、榊の闇の力が籠められているんだ。 そのせいで、俺に意志は無く操り人形にされてるんだよ。

 今は押さえ込んでいるけど、いつまた闇に飲み込まれるか分からない。 だから、その前に…。」





そう言うと、ブン太は不意に小ぶりのナイフを取り出した。 そしてそれを、おもむろに自分の首に突きつける。





「!! 何馬鹿な真似してんだよ?! 止めろ!!」





「ごめんな。 こうするしか方法はねーんだよ。 もう1度死ねば、俺は闇から解放される。 操られることもねーんだ。

 …今まで、楽しかったぜ。 ジャッカルのお陰で、な。 仁王も、最後に会えてよかった。

 お前が死んだって聞かされた時、絶対嘘だなって思ったんだよ。 ずる賢いお前が、そう簡単に死ぬはずなんてねーからな。」





「ブン太…。」





動くことが出来ず、地に伏したまま仁王は言葉を洩らす。 止めたいのに止めることが出来ない。

それが歯痒くて仕方ない。 その時、ジャッカルが叫んだ。





「止めろ! お前がいなくなるなんて、そんなの考えたくもねえ!

 オーブの闇は、消せるんだよ! 光のエレメントを持つ奴がいる。 そいつに頼めば、なんとかなるから!

 祐太もそいつが元に戻してくれたんだ。 だからお前も、ここで死ぬ必要なんてないんだよ!!」





それは心からの叫びだった。 だが、それでもブン太は首を横に振る。





「それが本当でも、俺はここで…。 だって、もしそいつのお陰で闇を消せても、俺はもう人間じゃねーんだぜ?

 アーティシャルとして、ずっと生きてくことになる。 アーティシャルになれば、当然寿命が延びる。

 お前と一緒にいたって、いつかは死に分かれる時が来る。 それが嫌なんだよ。 ジャッカルのいなくなった世界でまで、生きてく意味なんて俺にはない。

 …もう、人間って呼べねーけど。 それでも最後のケジメとして、ここで死なせてくれ。」





そう言ってブン太は笑みを浮かべた。 涙で顔を濡らしつつも、綺麗に笑う。

その姿に、ジャッカルと仁王の目から再び涙が流れる。





「今まで、ありがとな。 俺をすぐに追って来るんじゃねーぜ? 来たって追い返してやるからな。

 お前らは最後まで生きろよ。 それが俺の最後の我侭だ。 …じゃあな、ジャッカル。 仁王。」





「止めろおっっっ!!!」





そう叫ぶも彼の制止は受け入れられず、ブン太は手にしたナイフで自らの首を切り裂いた。

真紅の血が流れ落ちる。 それと共に、彼の命も零れ落ちる。 体は重力に従い、地へと倒れていった。





「ブン太…っ。 ブン太ああ!!」





ジャッカルの慟哭が、悲しく響き渡る。

歯車がまた1つ、役目を終えて静かに止まった―――。



                                                   ☆



「観月! まだなの?!」





その頃エンシェントの最奥にある魔法陣の所では、不二が声を荒げていた。 焦りが如実に表れた、切羽詰った声。

それもそうだろう。 はじめが道を開く作業を始めてから、結構時間が経ってしまっていたのだから。





「周助! 観月の邪魔しちゃだめだって! 彼だって懸命にやってくれてるんだからっ。」





不二を佐伯が止める。 そんな中、いきなり柳生が声を発した。





「…開きます。」





「えっ?」





その瞬間だった。 魔法陣が強烈な青い光を放ち始めたのだ。 そしてはじめがゆっくりと体を起こす。

振り返った彼の顔には、疲労の色が濃く浮き出ていたがそれでも目の光は全く失われていなかった。





「時間がかかってしまってすいません。 中々オーブの気配を掴むことが出来なくて。

 ですが道は開かれました。 行きましょう。 全てを終わらせるために。」





「ええ、行きましょう。 そして必ず全てを終わらせましょう。

 観月君、固定は?」





「大丈夫です。 そこはしっかりやっておきました。 後から他の皆が来た時も、しっかりと機能を果たします。

 僕がこれからその道へと続く最後の扉をこじ開けます。 あきっぱなしにしておきますから、もう言霊を使わなくても飛べますよ。」





はじめの言葉に頷きつつ、3人は魔法陣の中心へとやって来た。 そして…。





「…それでは皆さん、いきますよ。」





はじめがすうっと息を吸い込んだ。





『堰となりし現の地、時の歪みに乖離された地。 2つを繋ぎしは光の道。 それを閉ざしは闇の扉。

 閉塞されしその扉、光の厳命により解き放て!』





はじめの唱えた言霊が響き渡ったその瞬間、魔法陣がより強い光を放ち始めた。

それによって視界は青一色で塗りつぶされる。

先に待つのは希望か絶望か。 最後の決戦の地へ、今彼等は向かう―――。



                                                    ☆



『アースランス!!』





長太郎の言霊によって出現した土の槍が、3人を襲う。 それを宙に舞うことで回避。

だが、その瞬間を狙って亜久津の炎が襲い掛かる。





「甘いわ! 『ガルッシュ』!!」





忍足が唱えた瞬間、大量の水が出現し襲い掛かってきた炎をあっという間に消し去った。

しかしそれに怯む様子もなく、長太郎と亜久津は更に突っ込んでくる。 そんな時。





「忍足君!」





不意に怒鳴ったのは千石。





「何や?!」





「亜久津のこと、俺1人に任せてくれない?」





千石の悲しみを籠めつつも決意に満ちたその声に、忍足は悟る。 そう、千石は1人で決着をつけようとしているのだ。

守ることの出来なかった彼に、唯一出来ること。 それは、亜久津を解放してあげること。

助けてあげると約束しながら、太一を助けられなかった。 そして亜久津も…。

きっと彼は悲しんでいる。 太一を1番大切にしていた彼だから余計。 彼をもう、苦しみから救ってあげたい。

亜久津が榊の人形となってしまっているというのを知ったその時から、そう思っていた。

それに操られ続けることは彼のプライドに反している。 誰よりも誇り高かった彼。 こんな姿、望んでなどいないだろう。

だから終わらせてあげたい。 千石はそう強く思っていたのだ。





「…分かった。 自分でケリつけえ。 後悔せんようにな。」





「ありがとう。」





そう礼を言うと、千石は亜久津に自ら飛び掛っていった。 それにより、亜久津も長太郎から離れ標的を千石にする。





「忍足、君はどうするの?」





淳がそう問う。





「俺も長太郎を助ける。 絶対にな。

 あいつは大事なパートナーや。 救ってやらな。 淳、協力してくれるか?」





「もちろん。 観月ほどの力はないけど、この俺でも力になれることはあるはずだから。」





「せやな。 ほんなら、そろそろいくで! 長太郎!!」





そう言うと共に2人は飛び込む。 構える長太郎。

果たして、彼等は救うことが出来るのか。



                                                      ☆



「そうか…。 やっぱり赤也達は…。」





滝の傷を癒す手を休めないまま、蓮二が切なそうに呟く。 分かっていたこだたが、それでも辛い結末だった。 喪失感が彼を襲う。

3強のアーティシャルの中で、最も長く王都にいたのは蓮二だった。 現在存在するアーティシャルのほとんどは、王都で人工的に創られる。

しかし、蓮二は王都で産まれたアーティシャルではなかった。 現在王都にいる者達は、蓮二がいつからいたのか誰も知らない。

それほどまでに昔から彼は王都にいたのだ。 王都で彼は様々な人物に出会った。 真田とも仲がよかったし、赤也は特に可愛がっていた。

そんな親しい者との死別。 辛くないわけがなかった。





「うん…。 でも、2人共いい顔してた。 最後にきっと救われたんだよ。」





幸村の言葉に静かに頷いた。





「…それで、滝の容態は?」





「…あまりよくない。 傷自体は大分治癒してきたんだが、まだしばらくは動けないだろう。」





「ごめんね。 俺が未熟だったばっかりに…。」





「気にしないで。 滝がいたから彼等も止めることが出来たんだ。

 蓮二、君は滝を看ててあげて。 俺は一足先に行ってる。」





幸村はそう言ってすっと立ち上がった。





「分かった。 滝がよくなり次第、俺達も向かおう。」





「そうしてくれ。 でも、くれぐれも無理はしちゃだめだよ。

 じゃあ、またあとで。」





そう言うと幸村はその場から駆け出した。 直ぐに見えなくなる彼。

彼を見送り、蓮二は滝を治療する手に更に力を籠める。

幸村達のことは心配だった。 だが、信じるしかない。 それよりも今は、滝の治療のほうが先だった。

不安になる心を抑え、蓮二は意識を集中させた―――。









【あとがき】

遂にブン太達の話も終わりを迎えました。 ブンちゃんが選んだのも、悲しい結末。

でも彼はジャッカルのお陰で、最後は元に戻れました。 自分で選択した終わり。 悲しいけれど、これが彼の選んだ道です。

そして少しですが蓮二の過去がちらっと。 書いてて気付きました。 彼の過去書いてねえっ!!

書いたつもりが、全く(汗) もう書くのは諦めようかと。 あー、切ない。

さて、そろそろ終焉に本当に近づいてまいりました。 最後に何が起こるのか、お楽しみに。



08.2.25



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