守ること、出来なかった。 約束したのに…。

それの償いじゃあないけど、俺が最後に君にしてあげることが出来るのは…。





Symphony of destiny  最終章・6





「淳、俺が長太郎の動きを止める! 止めたら分かっとるな?」





「大丈夫! なんとかやってみる。」





淳の返答に頷くと、忍足は出現させた空間の狭間に腕を入れ中から漆黒の杖を取り出した。

それを構え、長太郎に照準を合わせる。





(長太郎の技、そこまで見とるわけやないから油断はできへんな。

 迂闊に近寄るのは危険か。)





そう判断すると、忍足は長太郎の攻撃が当たるかどうかのギリギリの距離を保つ。

だが、長太郎の攻撃は届かないかもしれないが、忍足には関係なかった。

魔導士達の中で、最も多くの属性の技を操ることの出来る忍足。 1番主となるエレメントは闇だが、それ以外のを使うことは造作もなかった。





「これでもくらえやっ!」





杖をバッと向けると、彼の周囲から出現した水の弾丸が長太郎に向けて撃ち出される。

それを土の壁を出現させて防ぐ。 だが、一粒一粒の威力は彼が思っていたほど弱くはなかった。

厚い壁を作り出したはずなのに、それは徐々に削られていく。 このままでは危険だと判断したのだろう。

長太郎は壁を盾にし、地面に手をつき唱えた。





『ストーンブラスト。』





その瞬間、地面からいくつもの土の塊が宙へと浮かびあがった。 それはある程度の高さまでいくと、勢いよく落ちていく。

だが、ただ真っ直ぐに落ちるのではない。 的確に忍足を狙って、塊は落下してきた。





「ちいっ!」





予想外の展開に、忍足は盾を張りながら土の塊を避ける。 だが、それでも追尾してくる。

避けるよりも落としたほうが確実。 そう思った忍足は唱える。





『セイズ!』





その瞬間、忍足を闇が包み込む。 そしてそれに絡み取られ、土の塊は動きを止めた。

動きを止められた塊は、重力に従って地面へと落下する。 予想外のことに一瞬、ほんの一瞬長太郎が戸惑った。

それを、忍足は見逃したりしなかった。





「今や! 『キャプチャー!』」





唱えた瞬間、長太郎の周囲に突如出現する闇。 闇は、彼の全身を包み込む。

それによって完全に動きを封じた。 …そのはずだった。





「忍足!!」





淳の声にはっとする。 ありえないことが、起こっていた。





「んなアホな?! 闇が増えとるやと?!」





本来ならば絶対にありえないこと。 長太郎を包み込み、動きを奪ったはずの忍足の闇が増殖しているのだ。

考えられることはただ1つ。 長太郎自身がそれを行っているということ。 だが、これも本来ならばありえないことだった。

長太郎のエレメントは土なのだから。 しかし、忍足はここで気付いた。





「榊のヤロウかっ…!!」





呟き、歯をギリリと噛み締める。 榊のせいとしか思えなかった。

長太郎は元々アーティシャル。 人間をアーティシャルのようにするのと同じように、1度殺して心臓を取り替えることなど出来ない。

しかも既に契約していて、主がいるとなればなおさら。 そのため操り人形とするためには、直接闇を心臓であるオーブへと注ぎ込むのだ。

それにより、心臓の中には2つのエレメントが同時に存在することになる。 戦闘の際には、自身のエレメントを使用するが肉体を支配しているのは闇だ。

その闇が、忍足の闇に反応しているとしか考えようがなかった。





「忍足! どうすんのさっ?!」





淳が困惑した表情で問うてくる。 光のエレメントを持つといっても、彼はまだ未熟。

今まで感じたことのない密度の闇に、多少萎縮してしまっているようだった。





「どうするもなにもこの闇なんとかせなっ! 淳、お前の出番や。

 俺はほとんどの属性を使えるが、光と時だけは使えへんのや。 闇を払えるのは光。 お前が頼りや!」





「マジかよ…。 でも、やるしかないんでしょ? もう、やってやるよ!」





「すまん。 俺はお前の援護に回る。 しっかり守ってやるさかい、安心せえ。」





忍足の言葉に頷くと、淳は地面を蹴った。 だが、迂闊に近づくのは危険。

十分距離の離れている所で、淳は1度足を止めた。 そして言霊を唱えようと口を開いたその瞬間。





「覆いつくせ。」





ポツリと呟かれた言葉。





「!! ヤバイ!!」





長太郎の発した言葉の意味を理解した忍足が、淳を守るように前に立つ。





『ダークシールド!』





彼が結界を張った次の瞬間、恐ろしく濃い密度の闇が2人を襲った。

忍足の張っている結界のお陰で、彼等が侵食されることはないが重圧は確かにかかっていた。

現に、闇に慣れていない淳の呼吸が乱れ始めている。 このままではまずい。

そう思った忍足は淳に言う。





「淳、やっぱ俺がこのまま長太郎を引き付ける。 闇が少しでもそれれば動けるやろ?」





「ごめ…っ。 役に立たなく…て。」





「気にすることなんかあらへんよ。 俺もお前に任せようとすんのがあかんかったんや。

 ここまで強い闇やなんて思いもせえへんかったから。」





忍足の張る結界が強くなった。 それと同時に、闇の濃度も濃くなってゆく。

だが、忍足のお陰で次第と息苦しくはなくなってきた。





「本当にごめん…。 でも、長太郎は必ず元に戻すから。」





「ありがとな。 それだけは俺には出来ひんから、頼むわ。」





そう言うと忍足は淳を残し、身を翻した。 長太郎の放った闇の中に突っ込んでいく。





「出来るか分からんけど、やるしかなさそうやな。」





そう小さく呟くと、忍足は軽く息を吸い込む。 そして。





『アブソーブ。』





そう唱えた瞬間、滞っていた闇が動いた。 渦を巻くようにして忍足の体の中に吸い込まれていく。





「!!」





信じられないことに、長太郎の目が見開く。

忍足は闇を、その身に吸い上げているのだ。 しかし、時折彼の顔は苦しそうに歪む。

それもそうだろう。 悪意を持った、相当濃い闇なのだ。 いくら忍足といえど厳しいものがある。 だが、それでも彼は止めない。

段々闇が薄れてきた。 周囲が肉眼でも見えるくらいに。 ありえないことに、長太の動きは完全に止まってしまっている。

その時、忍足が動いた。





『セイザー!』





杖を掲げ、そう唱えた瞬間長太郎を襲う水の槍。 しかしそれは彼を攻撃するのではなく、取り囲む。

そしてそのまま網のようになり、長太郎の全身に絡みついた。





「今や!!」





忍足の声が響き渡る。 その瞬間、闇から逃れた淳が動いた。





『この者に潜みし邪悪なるもの。 この者の意志を封じし闇。

 光の力の元、消滅せよ! インペイデント!!』





そう唱えた瞬間だった。 眩いばかりの光が長太郎を包み込んだ。 苦しむように、暴れる。

だが、それしきのことで解ける拘束ではない。 光は長太郎の体の中に、染み込むように吸い込まれていく。

…完全に光が消え去ると、長太郎の体は地面に倒れこんだ。 それと同時に、忍足と淳も地面に膝をつく。 2人共、かなり息が荒い。





「どう…? 上手くいったかな?」





「多分、大丈夫や。 …にしても、榊の奴なんちゅー闇を流しこんどるんや。 悪質としかいいようがないで、ほんまに。

 んなに悪意のある闇なんて、初めてみたわ。 せやけど、これやから操ることが出来たんやろな。」





「だろうね。 俺もマジ焦った。 でもとりあえずなんとかなったみたいでよかった。 

 …亮。 これで俺も人を助けることが出来るよ…。」





満足のいく結果に、淳の口元が綻んだ。 そして呟かれる亮の名。

失った片割れ。 自分の分身ともいえる存在だった亮。 それを失った時の悲しみは、半端ではなかった。

助けられなかった、という後悔と罪悪感が淳をさいなんでいた。

だが、これで少しは歩み始めることが出来るのかもしれない。 人を救えることが出来ることが出来たから。 淳はそう思った。





「ひとまずこっちはなんとかなってよかったわ。 …あっちはどうなったんやろ…?」





忍足の呟きは、宙に静かに消えた。



                                                    ☆



「切り裂け!!」





千石がそう唱えると、無数の風の刃が亜久津に襲い掛かる。 だがそれを難無くかわし、彼も炎を放つ。

轟々と音がするほどの強烈な炎が、千石に向かってくる。





『シールド!』





それを風の盾を張ることで回避し、今度は地を蹴った。 亜久津の懐に飛び込むように切りかかる。

応戦する亜久津。 互いに恐ろしいほどの早さで剣を振るう。 両者が引くことはない。





「ちっ。」





膠着状態に千石が舌打ち。 このままでは埒が明かないと、空いている手を振り上げる。

そして振り下ろすのと同時に発生する風の渦。 巻き込まれる前にその場から離脱。 亜久津の姿は渦の中に消えて、見えない。

だが、これしきのことで彼にダメージを与えることなど出来ないだろう。 そのことは十分分かっていた。





「亜久津、いい加減そこから出てきたら?」





そう言った途端、千石の起こした風の渦よりも大きな火柱が上がる。 それは瞬く間に渦を消し去った。

真っ赤に燃え盛る炎の中から、ゆっくりと現れたのは紅を纏った亜久津。

炎の暑さが、若干離れた場所にいる千石まで届く。 それほどまでに強烈な炎。

だがそれに反して紅に照らされた彼の表情は、どこか悲しそうだった。





「…ねえ亜久津。 ごめんね…。」





下を向き、そう小さく謝罪の言葉を口にする。





「俺、壇君を助けられなかった。 助けるって、約束したのに…。

 檀君は必死になって俺を逃がしてくれたのに、俺は助けられなかったッ…!!」





涙が、つうっと千石の頬を伝う。

悔しくて、悔しくてしょうがなかった。 あの時、自分が太一と共に逃げていれば彼が死ぬことはなかっただろう。

何故、彼を置いてきてしまったのだろう。 彼が自分と逃げていれば、亜久津もこんな姿にはならなかったはずだ。

全ては自分のせい…。 そう思うと、更に涙が止まらなかった。





「…。」





千石の謝罪の言葉に対しても、無表情の亜久津。 彼はゆっくりと剣を構える。

その気配に気付いた千石も剣を構える。 彼の目には未だ涙が残る。 だが、光だけは失われることなく依然強いままだった。





「俺には、どうすればいいかなんて分かんない。 でも、1つだけ分かるよ。

 それは、君を止めること。 きっと壇君悲しんでる。 君の今の姿に。 俺も悲しい。

 こうして、敵として戦うなんて。 だから、止める。 止めて君を絶対元に戻す!」





次の瞬間千石の体が動いた。 剣を垂直に構え、真っ直ぐ亜久津に向かって突っ込んでいく。

それに彼は左腕を軽く振る。 すると背後の炎がゆらりと蠢き、千石向けて放たれる。

だが、これしきで彼の動きは止まらない。 瞬間的に発生させた風を盾にし、炎を防ぐ。 そしてそのまま亜久津の懐へ再び飛び込んだ。

再び起こる剣の猛襲。 今回も互いに一歩も引かない。 だが、その時に気付いた。





「亜久津…?」





動きを止めることのないまま、千石は呟く。 信じられない光景だった。

あの亜久津の目から、涙が伝っているのだ。 それは後から後から溢れ出し、頬に軌跡を残していく。

無表情の中で見出すことの出来る、たった1つの感情だった。





「亜久津! 目を覚まして!!」





そう怒鳴るが、彼の攻撃の手は未だ止まない。 もしかしたらいけるかもしれないと、千石は思った。

彼にはまだ感情が残されている。 それを引き出すことが出来れば、と。

思った次の瞬間には行動に移していた。 キインッという甲高い音を共に、自身の剣で亜久津の剣を受け止める。

互いに力を抜かない鍔迫り合いの状態になった時、千石は唱えた。





『サイクロン!』





その瞬間、2人を中心に先ほどとはまるきり規模の違う風の渦が出現した。 それは彼等をすっぽりと覆いこむ。

本来ならば内部は凄まじい風と共に、刃のように鋭い風が吹き荒れる。 だが、今それはない。 使えば互いに傷ついてしまう。

それではいけないのだ。 だから千石は故意に刃を消した。 しかしそれでも風の威力は凄まじい。

強烈な風は、亜久津の体の自由を奪う。 千石は全く平気だが、彼は身動きが取れなくなってしまっていた。





「亜久津…。」





彼の元に近寄り、そう名を紡ぐ。 突風の中、ゆっくりと上げられた顔。 そこに、僅かだが表情が現れていた。

ゆっくりと開かれた口。 苦しそうな声で紡がれた言葉は、千石にとって辛いものだった。





「…ころ…せ…。」





亜久津が言ったのはその一言だった。 予想はなんとなくしていたが、それでも聞きたくなかった。





「出来ないよ…。」





再び千石の頬に涙が溢れる。 そんなこと、出来ない。 したくもない。 自らの手で、仲間を葬るなど。

だが、亜久津は再び殺せと言葉を紡ぐ。 それに籠められた様々な想い。 分かっているからこそ、辛い。

こんな醜態、もう晒したくはない。 このまま操り人形とされているのなら…。 太一のいない世界など、生きている価値もない。

きっと、こんな意味が籠められていたのだろう。





「出来ないよ…。」





再びそう呟く。 彼が助かる道はある。 はじめの力を使えば、きっと元に戻る。

だが、そんなこと亜久津自身にはどうでもいいことなのだろう。 先のことではなく今。

今、生きていく意味がないのだと思ったからこそ彼は言うのだ。 亜久津は、彼はそんな奴だった。





「ころせ…。」





再び亜久津の言葉が千石の元に届く。 それは、本当に悲しそうな声だった。 あの亜久津からはとても信じられない。

少しの時が立って、千石は顔を上げる。 未だ伝う涙。

ゆっくりと、足を進める。 そして風に捕らわれた亜久津の前に静かに立つ。 手には鈍い銀の光を放つ剣。

それを、彼の心臓に向ける。 あと少し。 あと少し力を入れて前に突き出せば、終わる。





「ごめんね…っ。」





そう言った瞬間、千石は剣を一気に前に突き出した。 肉を切り裂く感触が気持ち悪い。

傷口から流れる赤と共に、零れ落ちる彼の命。 亜久津を縛っていた風が消えてゆく。 支えを失った彼の体は地面に崩れ落ちた。

ゆっくりとしゃがみこみ、彼の体を仰向けにして手を組ませてやる。 とても、穏やかな表情だった。

口元には笑みが浮かんでいるようにさえ思える。





『ありがとう…。』





最後に彼から紡がれたのは、初めて聞く感謝の言葉。 これで彼は救われたのだろうか? 無事に太一と会うことが出来たのだろうか?

涙が止まらない。 次から次へと零れてくる。





『ああ? 馴れ馴れしく話しかけてくんじゃねーよ。』





『てめえも騎士んなったのか。 みっともないまね晒すんじゃねーぞ。』





『太一っつーんだ。 俺のアーティシャルだよ。 いい奴だぜ。』





溢れてくるのは彼との思い出。 王都に初めて来た時から、彼は自分の傍にいた。

だが、そんな彼はもういない。 悔しさが千石を苛む。 悲しみが包み込む。

彼は泣いた。 涙が枯れるまで、泣き続けた…。



                                                      ☆



『器に封じられし大いなる時の支配者よ。』





榊の声が空間の中に響き渡る。





『我はその戒めから解き放つ者。 再び自由となりて、その大いなる力を振るいたまえ。』





後ほんの少し、それで封印が解けるというその時だった。

カッ

突如眩い光が瞬き、そこから人影。 現れたのははじめ達。 目の前の光景に、彼等は止めようとする。 だが…。





「残念だったな。」





無常にも榊は最後の言霊を口にする。





『シール・リレイズ』





次の瞬間、禍々しい光がその場を覆った―――。









【あとがき】

キター!! 遂にここまでこじつけました。 やっと、やっとですっ。

もはや語ることはございません。

遂に最後の、本当に最後の戦いが幕を開けます。 解かれた封印。 果たしてはじめ達は世界を守ることが出来るのでしょうか?

そして、手塚・リョーマ・宍戸。 彼等の運命もまた、大きく交わろうとしています。

残す所、あと3話ほどだと思います。 全力で駆け抜けてまいりますので、どうぞご鑑賞下さいませ―――。



08.2.29



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