俺はあなたが優しくしてくれたことを覚えています。

俺は貴方を信じています。

例えどんなに時が経ったとしても、俺は…。





Symphony of destiny  最終章・8





時のオーブにその身をのっとられた手塚が、声高らかに宣言する。

最後の戦いを始めよう、と。 その瞬間に変わるその場の気配。 恐ろしいほどの力に、反射的に身が竦んでしまいそうになる。

必死に奮い立たせる。 ここで気圧されては負けなのだ。





「観月、どうするの? 宍戸もまだいる。 迂闊に動くのは危険だと思うけど。」





不二がそう、隣にいたはじめにしか聞こえない程度の声で尋ねる。

それにはじめも同じように返す。





「危険なんて、時と対峙した時点で考えてなんかいませんよ。

 時は僕と柳生君が。 君達2人は宍戸君をなんとかして下さい。

 死ねない僕達なら、少しはましでしょう。 まあ、時に時間を戻されたら終わりなんですけどね。」





はじめの言葉にはっとする。 確かに彼の言う通りだった。 相手は時のオーブなのだ。

いくら不老不死とはいえ、それを可能にしている自身の時を動かされたら終わりなのだ。 不安げな不二に、はじめは言う。





「大丈夫です。 そんな簡単に僕達はやられませんよ。」





そう言って軽く口元を緩めたかと思った次の瞬間、はじめは地を蹴っていた。 それと同時に柳生も動き、手塚に飛び掛っていく。

不二もはじめ達の行動を合図に、宍戸へと剣を向けた。 難無く防がれるそれ。 だが、彼は1人ではない。





「周助!」





佐伯が宍戸の動きを封じ込めるように、背後から言霊を唱える。 それは宍戸の体を覆う。

やったかと思った次の瞬間、風は粉々に吹き飛ぶ。 中心にいたのは剣を構えた宍戸。





「予想外に強い。 まさか虎次郎の風を生身で破るなんて。

 僕がやる! 『闇よ!!』」





不二が唱えると、今度は闇が彼の周囲に出現する。 それはあっという間に宍戸を覆うはずだった。





「あかん! 『ダークシールド!』」





だが、不意に聞こえた忍足の声。 張られた結界は宍戸を闇から守った。 突然のことに、驚く2人。

その間に青白い光と共に現れたのは、忍足・長太郎・千石の3人。





「なっ?!」





「宍戸に闇の力つこたらあかん! そいつん中に入れられた闇が反応して、面倒なことになる!」





「だったらどうするのさ?! 僕達は光の力を使えないよ?!」





「…俺が、やってみます…。」





申し出たのは長太郎。 ゆっくりと、彼は宍戸に歩み寄る。





「危険すぎるっ!」





佐伯が止めようとするが、それを忍足が止める。





「長太郎に任せようや。 宍戸のことは、あいつが1番よう知っとる。 絶対に大丈夫や。

 それよりも…。」





不意に忍足は目線を逸らす。 そこに映ったのは、地面に倒れ伏す跡部と榊。 手塚と対峙するはじめと柳生。

そして、困惑に歪んだ顔で立ち尽くしているリョーマの姿だった。





「いっちゃん最悪なケースやな。 不二、佐伯。 お前等は越前のとこ行ったれ。 封印が解けた今、時を防げる可能性があるんは越前だけや。

 あいつをやられるわけにはいかん。 …状況から見るに、時のオーブが手塚の体のっとったか。 ヤバイな。

 せやけど、なんとかするしかないか。 3人共頼むわ。 俺は長太郎と一緒に宍戸を止める。」





呻き、そう言う忍足。 だが、立ち止まっている時間はない。 と、その時。





「マスター。」





不意に忍足を呼ぶ長太郎。 振り返ることなく、彼は言う。





「俺は大丈夫です。 宍戸さんは1人で止めれます。」





「んな危ないことさせれるか! 言ったやろ? 1人で抱え込むんやないて。」





「そうじゃありません。」





相変わらず背中を向けたまま、長太郎は言う。





「1人で抱え込んでなんかいません。 本当に大丈夫だって、思うんです。 根拠を言えと言われればちょっと困りますけど。

 今、宍戸さんを見て気付きました。 あの人は完全に闇に飲み込まれてはいません。 傍から見れば完全な人形かもしれません。 だけど、俺には分かります。

 俺にしか出来ないことだと思うんです。 だから、マスター達も…。」





「…分かった。」





少しの間を空け、忍足は承諾する。





「せやけど、本当に危なくなったら手え出すでな。 それだけはよう覚えとき。」





それにはい。と返事を返し、長太郎は再び宍戸の元へと歩きだす。

彼の後ろ姿を見送りながら、4人は軽く頷きあい行動を開始する。 不二と佐伯はリョーマの元へ。

忍足ははじめ達の元へ。 そして千石は今はもう動かぬ跡部の元へと―――。



                                                   ☆



「宍戸さん…。」





彼の数メートル手前で足を止める。 真っ直ぐに彼の目を見つめるが、そこに以前の輝きは見出せない。

暗く、淀んだ瞳。 それは他の人形とされた者達と同じだった。 だが、長太郎は感じていた。

彼が暗闇の中で必死に光に向かって手を伸ばしているのを。





「…。」





無言のまま、宍戸は長太郎に剣を向ける。 だが、長太郎は剣を抜かず無防備なまま。

言霊を唱えるわけでもない。 ただ、宍戸を見つめてるだけ。 隙だらけの彼に向かって、宍戸は剣を振り下ろす。





「やっと…やっと会えましたね。」





長太郎の首元。 ギリギリの所で宍戸の剣が止まる。 僅かに切れた皮膚からは、血が僅かにツウッと流れる。

それに全く臆することなく、長太郎は話し続ける。





「俺、新しいマスター見つけましたよ。 忍足さんっていうんです。 すごく優しくて、俺のこと大事にしてくれてます。

 …あれからもう5年も経ったんですね。 目が覚めた時、すごく驚きました。 最初は、宍戸さんに捨てられたんじゃないかって思いました。

 封印される寸前の記憶が全て無かったから…。 でも、後で知りました。 宍戸さんは、俺を助けてくれたんですね。

 それを知った時、嬉しかった。 だって俺はあなたに捨てられたわけじゃなかったから。

 …あの時は宍戸さんが助けてくれた。 だから今度は俺が助ける番です。 あなたを苦しめているもの、取り払ってあげます。」





次の瞬間、長太郎は自分の首元に突きつけられていた宍戸の剣を握った腕を思い切り掴んだ。

そしてもう一方の手でそれを叩き落とす。 突然のそれに、宍戸は長太郎の手を離そうともがくが強い力でつかまれていてそれは叶わない。

それでももがく宍戸の目を、長太郎は真っ直ぐに見つめる。 そして…。





「宍戸さん…」





そう呟くと、長太郎は目を閉じ宍戸の額に自分の額を押し当てた。 途端、宍戸の目が大きく見開かれる。

長太郎は今、宍戸に直接自分の意識を流し込んでいるのだ。 自分の想いも全て込めて。

だが、これは危険な行為だった。 相手のほうから逆に流し込まれたら、自分が侵食されてしまうかもしれない。 それでも長太郎は宍戸に語りかける。

宍戸の意識が完全に闇に呑み込まれていないと、見た瞬間確信した。 彼の心は、闇の中に閉じ込められているだけだと。

それならば、そこから解放すればいい。 こちらから強く導いてあげればいい。





「う…っ。」





宍戸が呻く。 長太郎は止めない。 と、不意に頬に感じた暖かい水の感触。

閉じていた目を開けると…。





「頑張って下さい…。」





そこには見開いた目から涙を零す彼の姿。 止め処なく涙は流れ続ける。

もう少しだ。 そう確信した。 と、その時だった。





「ぐっ…!」





突然感じた痛み。 感触で分かった。 宍戸がどこかに隠し持っていたのであろうナイフで刺されたのだと。

押し込められそうな闇の最後のあがき。 だが、これしきで揺らぐことはない。 痛みで集中が途切れそうになるが、必死に堪える。





「元に…戻って!」





強く、強く想いを込めて願いを口にする。 その時だった。

ズルッ

宍戸の体が崩れ落ちた。 慌てて抱きとめ、ゆっくりと地面に座らせる。





「長太郎…。」





相変わらず涙を流しながら長太郎の名を口にする。 その響きには、優しさが満ち溢れている。

過去に自分の名を呼んでくれたのと同じ柔らかさ。 元に戻ったのだと、闇から救えたのだと分かった。





「ありがとな…。」





穏やかな笑みを浮かべながら、そう口にする。





「宍戸さん…っ。」





泣きながら、長太郎は宍戸に抱きつく。 彼の頭をポンポンと軽く叩きながら、宍戸は長太郎の傷に反対の手を軽く翳す。

すると光がそこを包み込み、血は止まった。 部分的に封印することにより、悪化を防いだのだ。





「本当に、本当にありがとうな。」





宍戸の目からも涙が伝う。 闇から解放されたいと、切に願った。 長太郎を傷つけたくないと、強く抵抗した。

だが、自分は非力でそれは叶わなかった。 そんな自分を救ってくれたのは、どんな犠牲を払ってまでも守りたかった長太郎。

守ってやらなきゃと強く思っていたが、いつの間にか彼は逞しくなっていた。

闇から救ってくれたのは、彼の優しさ。 漆黒の中に射した一筋の暖かな光。 手を伸ばせばもう離すまいと、強く強く握ってくれた。

もうこの光を決して見失いはしない。 それがたとえどんな濃い闇の中だったとしても。

宍戸はそう、強く思った―――。



                                                     ☆



「跡部君…。」





魔法陣の中心に横たわる彼の傍に膝を付いて、そう声をかけるが返答はない。 触れると彼の肌は氷のように冷たかった。

…また、助けられなかった。 千石を罪の意識が塗りつぶす。

自分の過去を知り、苦しんでいた時も。 彼が襲われた時も。 何故、自分はずっと彼と共にいなかったのだろう?

あの時、自分もシーユに残っていれば跡部も逃がすことが出来たのではないかと思ってしまう。

だが、後悔してももう遅い。 今千石の目の前で、彼は物言わぬ塊と化してしまっている。

自分の非力さを嘆いて、千石はうな垂れる。 周囲の戦いの音が、まるで別世界のように聞こえた―――。



                                                      ☆



「越前君!」





不二と佐伯が彼の傍に駆け寄る。 リョーマは、未だ呆然とした顔でその場に立ち尽くしている。

2人が傍に来たことで、若干現実に引き戻されたのだろう。 不二達の顔を交互に見る。





「あんた達は確か…。」





「大丈夫。 敵なんかじゃないから。 覚えててくれたみたいだね。」





そう言うとリョーマは下を向いた。 思い出すのも辛いのだろう。 シルフィードの崩壊のことを。

原因が自分と手塚にあるのだから、そこに住んでいた彼らに対しての罪悪感は相当なものだった。





「ごめんなさい…っ。」





そう、苦しそうに紡ぐ。 下を向いているためよく分からないが、泣いているようにも見えた。





「あのことはもう気にしなくてもいいよ。 君達が望んでやっていたわけじゃないって知ってるから。

 それよりも今は時のオーブをなんとかしなきゃ。」





不二の言葉に、リョーマの体がビクンと反応する。 そうなのだ。

今、時のオーブに支配されているのはリョーマの主である手塚なのだ。





「マスターを…どうするつもりなんすか…?」





震える声で問う。 重要な問題だった。 自分達にとっては敵でも、リョーマにとっては無二の主なのだ。

返答によっては彼も敵になりかねない。 そう感じられた。





「…分からない。 でも、もう生きて救うことは無理かもしれない。」





「虎次郎!」





佐伯の発現に、不二が静止をかける。 だが、リョーマはそう言われるのが分かっていたようだ。

不二を止める。





「いいんです。 分かってたことっすから…。 俺もアーティシャルですからね。

 オーブを埋め込まれ、それを取り出されたら死ぬ。 誰だって一緒です。 それはマスターも…。

 時のオーブが中に入った時、マスターの本当に心臓は役目を強制的に終えたでしょう。 そしてアーティシャルと化した。

 止めることは、マスターが死ぬことと同義っす。 そこは分かってますよ…。」





そう言う彼の顔は下を向いていて見ることは出来なかったが、泣いているようだった。

手塚を救うことは、彼を殺すこと。 頭では分かっているが、感情がそれを認めることを拒否していた。





「だったら…。」





「でも、覚悟が出来ないんです。」





不二の言葉に対して、リョーマはそう言う。





「さっきの忍足さんの言葉、聞こえてました。 確かに、時と対等に対抗出来るのは時だけかもしれません。

 でも、俺にはマスターと戦うなんてこと…出来ない…!!」





遂に嗚咽を洩らし始めるリョーマ。 確かにそうだろう。 尊敬する主と戦うなどと。

だが、状況がそれを許しはしない。 辛いだろうが、決断してもらうしかないのだ。 しかしそれを分かっていながら、不二は言った。





「…分かった。 それなら、君は戦わなくてもいい。」





「周助?!」





彼の言った言葉に、リョーマだけでなく佐伯も驚きを隠せない。 彼は今何を言った?





「戦う意志のある者が戦えばいい。 無理をしてまで戦わせるなんてこと、俺には出来ないよ。

 きっとなんとかなるさ。 きっと…。」





それは自分に言い聞かせているようだった。 そして不二はしゃがみこんでリョーマの顔を覗き込む。





「だからもう、泣かないで? 生きて手塚を救うことは出来ないだろうけど、苦しみから救ってあげることは出来るはずだから。

 だからもう、君は泣いちゃだめだよ。」





そう言ってリョーマの頬を伝う涙を拭う。 それに、リョーマは頷くしか出来ない。

彼の返答に満足そうに笑みを浮かべ立ち上がろうとした、その時だった。





『ペイストーン!』





不意に聞こえた手塚の声。 本能的にこの子は守らなきゃと思う。

次の瞬間、全身を切り刻む幾多もの刃。 薄れゆく意識の中、リョーマの叫び声が聞こえてくる。

泣いちゃ、ダメ…。 と心で思いながら、不二の意識は闇に呑み込まれていった―――。



                                                   ☆



「くくく。 所詮お前等お前等など、この俺の敵ではないんだよ。」





嫌な笑みを浮かべながら、手塚の姿をした時のオーブは言う。 その息は、全く乱れていない。

だが、はじめと柳生は荒く息をついている。 それによって分かる実力の差。 彼らは窮地に追い込まれていた。





「観月! 柳生!!」





その時した忍足の声。 同時に、闇の刃が手塚を襲う。 だがそれは手塚に届く前に瞬時に消え去った。





「忍足君?!」





「ほう。 雑魚がまた来たか。 これで500年前の再現だな。 まあ、監視者はもういないが。」





嘲笑う手塚から視線を外さずに、忍足は2人にしか聞こえない声で言う。





「俺が時間を稼ぐ。 その隙にお前等はオーブ取りに行けや。 あれがあれば、もう少しはまともに戦えるやろ?」





「そうですけど、忍足君は? あれを1人で足止めなんて…。」





「んなこと言ってもやるしかないやろ? 跡部がもうおらへんのや。 可能性があるとすれば、オーブに頼るしかない。

 それかあとは越前だけやけど、あいつは厳しいかもな。 相手はなんせ手塚の姿をしとる。 自分の主を相手になんて、な。

 俺は大丈夫や。 そう簡単にやられはせんよ。 せやから、早く。」





彼の言葉に頷き、動こうとしたその瞬間だった。





「そうだ。 そういえばお前達の他にまだ危険因子が残っていたな。

 可能性は早々に刈り取ってしまうに限る。 …全てな。」





その言葉に戦慄が走った。 このままでは僅かな希望さえ失ってしまう。

はじめと柳生は瞬時にオーブの元へと走った。 そして手を伸ばしたその時!





『ペイストーン!』





無常にも時は唱える。 その瞬間発せられた幾多もの時の刃。





「くっ!」





咄嗟に忍足は自分とはじめと柳生に結界を張る。 だが、時の威力は絶大。 ピシピシとヒビが入る。

破らせまいと、必死に堪えていたその時。





「不二さん! 佐伯さん!!」





不意に聞こえたリョーマの悲痛な声。 僅かに目に入ったのは、結界を張るも破られ攻撃を受ける佐伯。

そしてリョーマを守って全身を切り刻まれる不二の姿だった。





「不二! 佐伯ぃ!!」





そう叫んだ時。

パリーンッ!!

ガラスが割れるような甲高い音。 瞬時に目線を走らせると、魔法陣を囲むように並べられていたオーブが…砕け散っていた…。





「はーはっはっはっは!!」





声高に笑う手塚。 うな垂れる魔導士。 砕け散る希望の欠片。

だが、最後に残されたたった一欠けらの光。 今はまだ小さく、弱いそれはやがて全てを飲み込む光となる―――。










【あとがき】

ラストバトル、始まりました。

最後に残された希望とは一体―――?



08.3.3



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