俺の命、あげるから。 だから、止めて。

あの人の苦しむ姿、もう見たくなんてないんだ。

でも、俺には力がない。

だから、あなたに託させて?

勝手なの分かってる。 だけどもうあなたにしか縋る道はないから…。



――― 希望は砕かれ、絶望が全身を焦がす。 時は高らかに笑い声を上げ、勝利を確信す。

世界を待つのは破壊か、はたまた救いか。 全ての鍵を握るのは、同じ時を操る者なり。

その者、最後の決断をす。

そして最後の戦いは幕を開ける。 ―――





Symphony of destiny  最終章・8





オーブの砕け散る音が響き渡る。 必死になって伸ばした手。 だが、後少しという所で間に合わなかった。

目の前で砕け散った希望。 キラキラと輝く欠片が、指の間を零れ落ちていった…。





「!!!」





絶望に歪む魔導士達の顔。 それに、手塚は満足そうに笑みを洩らす。

口から出て来たのは笑い声。 心底おかしいといった風に、そいつは笑う。





「まさか…そんな…。」





忍足も絶望の表情を隠しきれない。 希望が失われた。 オーブに頼ることは不可能と化した。

時を止める術を、彼は思いつかない。





「残念だったな。」





手塚の声に、振り返る。





「これで俺を止める術はなくなったわけだ。 だが、諦めるなよ? 最後まであがいてもらわねば面白くないからな。

 あがいてあがいて、それでもダメで。 絶望に染まりきったまま死んでもらう。」





そう言った瞬間、手塚は右手を横に振る。 放たれた真空の刃。

それが自身の身を切り刻む前に、反射的に結界を張る。 諦めたら終わりだと、言い聞かせる。

もう終わりだなんて、一体誰が決めた? 自分はまだ戦える。 まだ終わりになんてさせない。 忍足は手塚へと杖を向ける。





「俺は諦めへん。 最後までな。」



                                                   ☆



目の前で砕け散ったオーブ。 その場に膝を付き、うな垂れる。

これが希望だった。 これがあれば、もしかしたら抑えることが出来るかもしれなかった。

しかしそれは叶わず、無常にも失われる。 だが、その時聞こえてきた戦う音。





「忍足君…。」





振り返ると、忍足が1人で手塚と戦っていた。 実力では勝てないと分かっているはず。

だが、彼は諦めてはいない。 その証拠に、目には強い光。





「…僕もだらしないですね。 これしきのことで諦めるなんて…。」





苦笑いを零しながら立ち上がる。 そうだ。 まだ可能性は残っているのだ。

自分が生きている。 まだ死んではいない。 たったそれだけだが、終わりというにはまだ不十分だった。





「あがいてやりましょう。 本当の最後まで。」





そう小さく呟いた時だった。





「不二君、佐伯君しっかり!!」





不意に聞こえてきたのは千石の声。 振り返ると、そこには血まみれの不二と佐伯。

そして必死に呼びかける千石とリョーマの姿だった。





「容態は?!」





慌てて駆け寄ると、柳生も傍にやってきた。 2人で彼らを診る。





「…厳しいですね。 私は不二君のほうを。 観月君は佐伯君をお願いします。」





それに頷き、手に力を籠める。 淡い光に包まれる2人の体。





「大丈夫か?!」





その様子を見たのだろう。 宍戸と長太郎もやって来た。

長太郎に関しては若干足がふらついているようにも見えたが、心配はなさそうだった。





「宍戸君?! 元に戻ったの?!」





「ああ。 長太郎のお陰でな。 それよりも、こいつらは大丈夫なのか?」





宍戸のその問いに、柳生は分からないと口にする。





「2人の生命力にかけるしかありません。 傷は相当深いです。

 全力を尽くしますが、最終的に重要になってくるのは彼らの生きたいという想いでしょう。」





「そうか…。 お前等はそこで治療に専念しててくれ。 俺は、あいつを止めてくる。

 オーブはお前等の希望だったんだろ? だけどそれはもうない。 でもな、止める手立てはなくはないぜ。

 俺の力であいつを封印すればいい。 少なくとも、手塚の体から出られないようにすればいいわけだ。 まあ、出来るかは分からないがな。」





宍戸のその言葉にはっとする。 そうだ、彼がいたではないか。

宍戸の力があれば、もしかしたら…。 僅かだが希望がわいて来た。





「長太郎はここにいろ。 大分疲弊してるだろ。 そんな状態じゃあ心配でしょうがねえ。」





宍戸のその言葉に、渋々頷く。 彼の言っていることは最もだった。

戦うことが出来ない者を連れて行った所で、足手まといでしかない。





「俺も行く。」





そう言ったのは千石。 立ち上がり、剣を握る。





「こんな時くらい、俺だって役に立たせて。」





互いの顔を見合わせて頷く。

行こうとする彼らに、はじめは声をかける。





「すいません。 貴方達に任せてしまって。 こちらが済んだら、直ぐに向かいます。

 お願いですから…死なないで下さい…。」





はじめの懇願に静かに頷く。 そして2人は地を蹴った―――。



                                               ☆



目の前で起こったことに、体は竦みあがり動くことが出来なかった。

自分を守って瀕死になった不二、そして佐伯。 何故彼はそこまでして自分を守ってくれたのだろう?

守る義理などないはずだ。 殺すのならまだ分かる。 自分は彼らの大切なモノを奪い去ったのだから。

様々な考えが頭の中を駆け巡る。 何故、何故―――?

彼の疑問は答えを出さず、巡り続けるだけ。

…だがその時、不意に目に入った戦いの光景。





「マスター…。」





変わり果てた手塚の姿。 誰よりも誇り高く、自分にも他人にも厳しくも優しかった主はもういない。

いるのは時に支配され、世界を滅ぼさんとする手塚の姿をしたモノ。 涙が再び頬を伝う。

自分は何も出来ない。 いや、出来なかった。

彼の異変に僅かに気付きつつも、疑問を口にすることを憚り見てみぬふりをしていた。 そして今も、自分は関わろうとしていない。

主と戦う決心が付かないからと、逃げようとしていた。 怖いのだ。 彼を失うことが。

何もなかった自分に全てを与えてくれた存在。 例えそれがもはや手塚ではなくとも、彼の姿をしていることに躊躇いがあった。

頭では理解している。 だが、心がそれを否定する。

あれは手塚だ。 いや、手塚ではない。

2つの相反する感情がごちゃまぜになり、頭痛がする。 もう何も考えたくはなかった。

――― タスケテ ―――

心の底から叫ぶ。 その時だった。





「がっ!!」





時の強烈な攻撃。 それに吹き飛ばされる忍足達。 遮る者がいなくなり、はじめ達へと矛先を向ける手塚。

不二達の治療に専念しているため、彼らは動くことが出来ない。 長太郎も、まだ上手く体がいうことをきかない状態だった。

絶好の機会。 無抵抗の者を倒すことなど、造作もないこと。

それに、頭で考える前に体が動いていた。





「越前君!!」





はじめが叫ぶ。 咄嗟にリョーマは彼らを守るように手塚の前に飛び出していた。

彼の振りかざした剣を自身の剣で受け止める。 だが、躊躇いがあったためそれはいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。

丸腰になったリョーマの首を、剣を持っていないほうの手塚の手が掴む。 そのまま宙へと浮かされた体。

手の力が増し、リョーマの気道を圧迫する。 呼吸が上手く出来ない。 意識が飛びそうになる。





「ま…ます…たー…。」





呻きながらそう呼ぶ。 掠れてしまい、上手く声が出ない。 だが、その言葉が紡がれた時…。

ツウッ

手塚の頬を、一筋の涙が伝う。 それに戸惑う彼。 おかしいな、と呟いている。





「ます…たー…。」





また声を振り絞り言葉を紡ぐ。 その瞬間だった。





「! ガッ…ハッ!」





突如手塚がリョーマの首から手を離した。 地面に落とされた彼は、今までの分を補うかのように貪欲に空気を吸う。

苦しさの残る表情で傍の手塚を見上げる。 するとそこには両腕で頭を抱え、苦しむ彼の姿。





「マスター!!」





今度ははっきりと、彼を呼ぶ。 すると彼は苦しそうな顔をしながらも、リョーマの顔をしっかりと見据えた。

そして…。





「Seek out your next…。」





手塚の口から紡がれたのは、契約を切る時にのみ使われる言葉。 リョーマの中で、何かが音を立てて切れた。

それは、契約が切れた証。 起こったことが理解出来ず、彼を見上げる。





「なん…で…?」





涙を零しながらそう問うと、苦しみの表情を見せながらも手塚はうっすらと微笑んだ。





「これでお前は自由だ。 もう俺に縛られることなどない。 これからは、自分の生きたいように生きろ。

 …今はなんとか抑えているが、それも長くは持たないだろう…。 俺は俺でなくなる。 その前に、お前を自由にしたかった…。

 苦しめて、本当にすまなかった。 ありがとう…。 お前が俺のパートナーで、本当によかった…。」





涙を流しながら、手塚は言う。 リョーマの目からも涙が伝う。

手塚はやっぱり優しかった。 自分のことを想っていてくれた。 安堵と悲しみと、様々な感情が入り乱れた涙は止まることを知らない。





「ぐうっ…!!」





手塚が再び苦しみだす。 変化してゆく雰囲気。

それに忍足が反応し、手塚をリョーマ達から引き離すように言霊を唱えた。





「全く、余計な真似をしてくれたものだ。」





忍足の攻撃を交わし、距離を置いた手塚は、また元に戻っていた。 それは、再び時に支配された証拠。





「ここまできて俺を一時ではあるが再び押さえ込むなんてな。 それほどまでにあいつのことが心配だったか。

 全く、無駄なことを。 ここから逃げ出すことなど、不可能に等しいというのに。」





くつくつと笑う、手塚の皮を被った時。 悲しみが湧き上がる。 あんなものに支配され、手塚は苦しんでいる。

助けたい。 だが、一体どうすれば? 自分には彼と戦えるほどの力は無かった。

強く拳を握り締め、自分の無力を嘆いた時、目に入ったのは跡部の亡骸。





(あの人だったらマスターを止めることが出来たのかな…?)





そう思った時、頭に浮かんだ1つの考え。 これしかないと、確信する。

自分にしか出来ないこと。 自分がこれを実行すれば、手塚は助かるかもしれない。

そう思ったリョーマは、今まさに不二達の治療を終えたはじめのほうを向く。





「観月さん…お願いがあるんです…。」





リョーマの紡いだ言葉に、はじめの目は大きく見開かれた―――。



                                                 ☆



『ストーム!』





千石が唱えると、風が吹き荒れ手塚の体を覆う。 だが、それは瞬時に打ち消されてしまう。





「ちっ。」





舌打ちをしつつも、更に攻撃を繰り出す。 しかしそのことごとくが防がれてしまう。





「普通に攻撃してもダメや! あいつは自分の周りの時空を歪めて、そこに攻撃を吸収しとるんや。

 『ダークスプレイト!』」





そう怒鳴りつつ、忍足も攻撃を仕掛ける。 闇が渦巻き、手塚を覆いこむがこれも防がれてしまった。





「一体どうすりゃいいんだよ?!」





宍戸が怒鳴る。 それに忍足は答えることが出来ない。

時の力に対抗出来るのは時の力だけ。 過去の経験がそう告げる。 このままでは到底勝ち目はない。

そう思いつつも、足掻くことは止めない。 と、その時だった。





『イレイズ。』





唱えられたのは、全てを消し去る無の言霊。 僅かに手塚に動揺が走る。 無とは相性が悪いようだった。

振り向くと、そこには僅かに息を切らせた幸村がいた。





「遅くなってごめん!」





「ああ。 無事で何よりや。 助けが増えてよかった。 状況は大体分かるか?」





それに幸村は頷く。 見て、一瞬で理解したのだろう。





「なら説明する手間が省けたわ。 状況的にはかなり不利。 せやけど、負ける気はさらさらないで。」





「それは俺も同じだよ。 足掻いてやろうじゃないか。」





そう言って笑みを浮かべる幸村。 頼りがいのある彼に、忍足にも自然と笑みが浮かぶ。

と、その時だった。 不意に背後から感じた馴染みのある力の気配。 振り返るとそこには…。



                                                  ☆



「…俺の心臓…跡部さんにあげることは出来ませんか?」





リョーマの言葉に、目を見開く。 彼は今、何を言った?





「マスターを止めたいんです。 だけど、俺にはそんな力はない。 でも、跡部さんなら…。

 元々時の力を持っていた跡部さんなら、俺の力を糧に更に強い力を得ることが出来ると思うんです。

 それがどれだけなのかは分かりませんが…。

 観月さんは、オーブを人に埋め込んでアーティシャルにすることが出来るんでしょう?

 甦らせることが出来るんでしょう? それを、使って下さい。」





「…確かに出来ます。 同じエレメントならば、拒否反応も出ないでしょう。

 でも…でも! そんなことをしたら貴方は確実に命を落とすんですよ?!」





そう声を荒げるはじめに、リョーマは静かに頷いた。





「分かってます。 それでもいいんです。

 マスターのいない世界で、俺は生きていく気なんかありません。 それに、力になりたいんです。

 マスターを止めたくても、今まで何も出来なかった。 気付かないフリをしていた。 許されるわけないって、分かってます。

 でも最後に俺の心臓を使って跡部さんがマスターを止めてくれたら、そしたら俺は少しでも許されるのかなって。 そう思うんです。

 だからお願いします。 俺の最後の願い、聞いて下さい。」





リョーマの気持ちは痛いほどよく分かった。 確かに彼の心臓を使えば、跡部は甦ることが出来るだろう。

そして彼がいれば、時を止めることが出来るかもしれない。 でも、それでも納得はしたくなかった。

他人の命を代償にうるなど、跡部は決して許さないだろう。

だが、納得はしたくなかったが他に方法は思いつかなかった。 いい方法があるのなら、とっくにそちらを実行していただろう。

自分の無力さに拳を強く握り締めながら、はじめは頷いた。





「…分かりました。」





「観月君!!」





柳生が止めようと声を張り上げる。 だが、はじめの決意は揺るがなかった。

リョーマは再び涙を零す。





「ありがとうございます…。」



                                                   ☆



「柳生君はこの場をなんとしても守って下さい。 …この儀式は何としても成功させます。

 越前君のためにも、皆のためにも…。」





忍足達に手塚の意識が向いている隙に、はじめ達は跡部の体の横たわる魔法陣の中心へとやって来た。

不二と佐伯は未だ意識を取り戻さないため、結界を張ってその場に残して来た。

そして跡部の横に、リョーマが並ぶように身を横たえる。





「越前君…。」





長太郎が、リョーマを呼ぶ。 複雑な心境だった。 彼とは過去の短い間だったが、同じ王都内のアーティシャルとして接してきたのだから。

だが、理解もしていた。 主を1番大切と思うのは、自分も一緒なのだから。

それが例え、契約が切れられてたとしても。 同じ時を過ごしてきたという、絆は決して消えはしない。





「そんな泣きそうな顔、しないで下さいよ。 俺が自分で決めたことなんすから。

 マスターに言われたんじゃない。 自分で考えて、自分で決めたこと。 だからいいんです。

 …長太郎さん、あなたは幸せになって下さいね。」





リョーマの言葉に、長太郎は頷く。 涙が流れそうになるのを、必死になって耐える。

泣いちゃいけない。 泣けば彼も悲しくなってしまう。 不安になど、させたく無かった。





「…では、始めます…。」





はじめがそう告げる。 すると柳生は彼らの周辺に結界を張り、構える。

長太郎も心で構えた。





「観月さん…。 跡部さんに、マスターをお願いします。 迷惑かけてすいませんって、伝えて下さい。

 俺の願い、聞いてくれて本当にありがとうございます。」





リョーマの言葉に頷くはじめ。 それを確認した彼はゆっくりと目を閉じた…。





『宿りし命。 キセキの結晶。

 空になりし器。 結晶なき命。

 失われたモノ。 残りしモノ。

 1つの鼓動は消え、1つの鼓動は脈動す。

 消え去りし輝き、在りし輝きで再び甦れ!

 ライフエデッド・リバイバル!!』





光出す魔法陣。 光出すリョーマと跡部の体。

何かが自分の体から抜け出ていくのが分かる。 それが自分の命だということも。

眠くなってきた。 意識がゆっくりと沈んでいく。 最後に、思った。





(マスター。 俺、最後まで幸せでしたよ…。)










【あとがき】

次回遂に最終回!



08.3.6



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